いつの時代も競馬の世界に“名牝”は誕生する。古くはクリフジ、メジロラモーヌなどがそれに当たる。近代で言えばエアグルーヴやブエナビスタもそうだろう。しかし、牡馬相手でも全く引けを取らない牝馬が同じ年に2頭も誕生することは前代未聞だ。その2頭とはウオッカとダイワスカーレットである。
この2頭が達成した偉業と言えば、ウオッカは牝馬として64年ぶりとなる日本ダービー制覇、ダイワスカーレットは牝馬として37年ぶりとなる有馬記念制覇と気の遠くなるような年月が物語るように牝馬が勝利するのが難しい大レースを制している。競走馬として比べると、ウオッカは競争成績にムラはあったものの、最後の最後まで走り抜いた。一方のダイワスカーレットは一度も連対を外さないという安定した成績を収めたが、故障に泣かされ、志半ばで引退を余儀なくされてしまう。この2頭の実に対照的な側面が比較論争により拍車を掛けていたことだろう。
2頭の初対決は2007年3月3日のチューリップ賞。最後の直線で、ダイワスカーレットがウオッカを待ち伏せし、マッチレースに持ち込んだが、ウオッカがクビ差で勝利した。この一戦を教訓としたのか、続く桜花賞ではダイワスカーレットが早めに抜け出し、ウオッカの末脚を封じて雪辱を果たす。以降、秋華賞、有馬記念と続くが、いずれもダイワスカーレットが先着し、JRA賞最優秀3歳牝馬に輝いた。ウオッカは秋の調整が上手くいかず、主役の座を譲ってしまったが、翌年以降も2頭の対決を期待せずにはいられなかった。そして、伝説の名レースが誕生する。
古馬になって迎えた2008年11月2日、秋の天皇賞。ダイワスカーレットがやや速いペースで逃げ、最後の直線でウオッカがこれを交わしにかかり、チューリップ賞みたくマッチレースとなるが、今回はダイワスカーレットが差し返し、これを再び交わそうとしたウオッカとダイワスカーレットが2頭並んでゴールとなった。13分という長い写真判定の結果、ハナ差でウオッカの勝利。わずか2cmという大接戦で、この2頭が改めて“名牝”であることを証明するには十分だった。
結果的にはこれが最後の対決となってしまった。ダイワスカーレットが翌年、屈腱炎を発症し、引退してしまったからだ。ただ、あの名レースが最後であったからこそ、2頭のライバル物語は永遠に語り継がれていくことだろう。私もその担い手になりたいものだ。