こんにちは


何でもない会話なのに、なぜこんなにもイライラしてしまうのか?

旦那の親戚(私の親戚でもありますがあせる)に赤ちゃんが産まれたので、「お祝いを送りたいけど、直後はさけて1ヶ月たたないうちぐらいにお祝い金とガーゼケットをあげるのはどうかな?」と言ったら、「退院して家に帰ったりしたらお母さん(義母)に連絡くるから。」と返事。

この会話でイラッとした私は心が狭いですよね?

私は「いいんじゃない?」とか「こんなプレゼントはどうかな?」とか「1ヶ月くらいなら自宅に帰っているかな」とか、そんな返事を期待していたのかもしれません。

それが、出産直後(昨日産まれました)はまだ病院だし、その後実家にしばらくいるだろうし、その実家と自宅は近いので、1ヶ月くらいで少し落ち着いたらお祝いかな?とお祝いの内容は○○はどう?と思って、話しましたが、

すっとんで→→→義母からの連絡待ち、それで行動する

っていうスタンス?にもう50すぎのおじさんが発した一言に不快感を感じてしまいました悲しい


本当、一言話すだけで頭にきてしまうことが嫌で、話さないのも雰囲気悪くなるので改善したくて、でも、話すとイラッてえーん

どーしよ叫び


負の連鎖ですよね?きっと。こういうのは。

私、若い頃は日々接待のような仕事をしていたので、男性の扱い(失礼を堪忍してください!)は馴れていると自負していました。

さしすせそ

さ(さすが!)、し(知らなかったです!)、す(すごいですね、すてき!)、せ(センス良いですね←これは言わなかったかな?)、そ(それで?)的なやつをナチュラルにやれていました。


が!


なぜ、旦那にはできない?!

やろうとすると↑のような、苛つくツボのようなものをポンって押されるチーン


まず私が心広くを心掛ければ、良い循環がうまれるのでしょうかショボーン


時間は怒っていても笑っていても同じように流れる


「踊る阿呆に踊らぬ阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損損」


小学生の時に徳島県のお土産に書いてあり、とても好きな言葉です。阿波おどり大好きですおねがい

明日はとりあえず、小さなことにグチグチイライラしそうになったら、とりあえず頭の中で「踊る阿呆に踊らぬ阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損損♫」と歌い、ちっちゃく阿波おどりを踊ってみることにします!!