みなさんどうも!!
Rioの暮らしブログです。![]()
今回は海外生活への第一歩④!!
地獄のブラジル編です!笑
前回まででブラジルに行くまでの経緯などをお話しました。
つらかった思い出なども踏まえて、詳しく話していこうと思います!
まず僕は寮生活でした。
チームが持っている大きな家に二人部屋が4~5つくらいありました。
キッチンやシャワーは共用という感じでしたね。
ブラジルではこのスタイルでシェアハウスしているチームが多いみたいです。
他に地元の選手は実家か、
チームから出ている給料で家族を養っている選手もいました。
全員で15~6人くらいでしたね。
僕も最初はひとり部屋である選手と同部屋だったんですが、、
なんと1か月くらいでその選手がクビに![]()
厳しい世界ですよね、、
そこからはひとり部屋でした。笑
一日の流れはこんな感じです↓
9:00 寮に届くパンで朝食
10:00~11:30 午前練習(ジムトレーニングが多かった)
13:00 昼食(スポンサーのレストランにて)
~自由時間~
17:00~18:30 午後練習
~自由時間~
21:00 夕食(再びレストランに行くか、昼にテイクアウトしたものを食べてました)
24:00 就寝
ざっくりこんな流れです。
試合のある土日は昼頃に出発して夕方試合開始みたいな![]()
自由時間も多いし、結構快適じゃん。と思った方もいると思います。
ただ自由時間といっても日本のように気軽に出かけることはできません。
まず寮から歩いて行ける距離にバス停や駅は皆無でした。笑
そして食事をするレストランにも車に乗せてもらわないといけない距離です。
一番近くのスーパーまで徒歩15分くらい。
しかも僕に関してはひとりで出歩かないよう言われてました。笑
自由時間なんて寝るか、勉強するか。
留学中に観光地へ!なんて全くしていません。
というか広すぎて、遠すぎて行けない!!
こんな生活の中で僕が一番つらかったこと。
アジア人差別ともとれるチームからの扱いでした。
(※どこからを差別とするかは人によっても違うと思いますし、
世界で起きている大きな問題からしたら僕が経験したことなんて
ちっぽけなものとはわかっています。)
まず誰も名前でなんて呼んでくれません。
JAPA(ジャパ)
何度名前を伝えてもむしろ笑われて終わるだけ。
JAPA!!と呼ばれて
踊れよ!みたいな無茶ぶりされて、
なんか言葉を言わされて笑われて、
世間でも一時期話題になった目尻を引っ張るジェスチャー?もよくされました。
まあ差別というかいじめられっこですね。笑
いつしかJAPA!!と叫ばれるたびビクつくようになってました。
中学生の時に部活の先輩が怖かったとかそういう経験はしてましたが、
ブラジルでブラジル人しかいない寮で、一日中ともに過ごす。
本当にきつかったですね。
そして実力も伴ってない。
試合にも全然出れない、
というかそもそもお金払ってきてるような日本人は使う気もない。
圧勝してるときに最後ちょこっとだけ出るような感じでした。
それでもやっぱり悔しくて、少し使われたときに絶対結果出してやる。
1点取ったら変わる。
ブラジルを経験した方からも言われていました。
そして意地で1点取ることができました。
うれしかった。
得点がというより、
なにか変わるかもしれないということが。
なにも変わりませんでした。
つらい生活はそのまま。
チームはシーズンに入って、調整やサインプレーの確認が多くなって
そこには混ぜてすらもらえない。
端っこで見てるだけで、全員が終わったあとで少しだけ自主練習。
だけど練習後の食事も一人ではいけないから長くはできない。
何をしにブラジルにきたんだろうか。
3か月が経った頃、
チームを紹介してくれた方に伝えました。
「日本に帰りたい」
限界でした。
たった3か月でなに言ってんだよ。
そう思う方もたくさんいると思います。
僕もそう思います。
プロになるとか意気込んだくせにそれくらいで折れるなよって。
でもこの時は耐えられなくなって母親に泣きながら電話したりしてました。笑
その方は僕に提案してくれました。
「違うチームに行ってみる?」と。
僕はサンパウロ内にある違う街のチームに移動することになりました。
そこでの出会いが僕を救ってくれました。
次回、海外生活⑤です!!
最後まで読んでくれてありがとうございます!!
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