HAPPY,GRACIOUS,DARING DAYS -10ページ目

一番

私は小さいとき、一番になりたいと思ってた。
一番いい成績を収めたかった。(それを狙えるのは国語しかなかったが)
そして大好きな友達にとって、自分が一番の友達でありたかった。
でも友達関係って、誰が一番ってないって、途中で気付く。

私がはじめて恋愛をしたときは、「恋愛って誰かにとっての一番になることなんだ」って思った。それは大きな救いのようにも思えた。だからこそ、私は破局は「一番」から「一般人」に格下げしあうような行為だと思っている。

他の誰かを規定しないと、自分のアイデンティティが見えなかった。
この感情に第三者的に名前をあてはめることはできるけど、おどろおどろしい名前なんていらない。

今はどうだろう。あんまり成長してない気がするな。

こりゃだめだ

神谷町の一次面接終わった!
5分間、矢継ぎ早に質問責め。
私は「突っ込んでください」とばかりに書いた項目に対する質問で詰まるという失態を犯す。
緊張してないつもりなのに話し方はたどたどしい…

結果は一週間後。
今日も面接練習があるので反省して頑張ります☆★

「ジャーナリズム」

明日は一次面接だよ♪

この間の心配していたGDは、奇跡的に通過しました!
やっほう!あとは面接ーー!!


今日は初めてのある新聞社の説明会にいったよ。
社長の話に考えさせられた。

新聞社が思想に基づいた言論機能しか果たさないとしたら、それは宗教や政治的活動と一体何が違うっていうんだ。
その思想を支持する人には熱狂的に受け入れられるけど、 しない人は新聞に触れることを避けるのではないか。
やはり新聞社は調査報道を軸足とするしかないと思う。
完璧な客観報道というものはないけど、
「ジャーナリズム」 を言い訳にする危険性はないか、留意しないといけない。



難しいけど、考えるに値する問題だと思うな。