Janv Blancr 1984
Amebaでブログを始めよう!

起業日記 vol,1

はじめまして、静岡県に住む22歳独身の起業家「RYO-T」です。


まずは自己紹介↓

1984年まだ世はディスコブームが盛んな頃、僕は産まれた。


父は小さな石材会社を経営し、母は専業主婦、姉が一人の僕一人、家族4人で何不自由ない生活を送っていた。


父はとにかく遊べ。遊びから得るものは沢山あるという活気盛んな性格であった。

一方母は幼少の頃から教育熱心で、スポーツは、サッカー・野球、勉強では当時誠珍しいパソコンを使っての勉強方法を僕に与えてくれた。


本当に暖かな家庭に産まれたと、今ではそう実感する。


やがて時は経ち、中学生になったある日、僕の家庭に、と言うより日本に最大の不幸が訪れることとなる。バブルの崩壊。


日本のアチラコチラで会社が経営不振で倒産していく。父の石材会社とて例外ではない。

当時仕事を請け負っていた親会社が倒産し、手形決算で仕事をしていた父の会社は不渡りを請け、倒産寸前の窮地にたたされていた。


やがて本格的に仕事が無くなり、家のローン、会社の借金の支払いが追いつかなくなり事実上会社は倒産という形になった。当時僕は14歳か15歳。


それまで家にろくに帰ってこず、仕事の打ち合わせや接待をしていた父に憧れすら感じた僕はとてつもない衝撃を受けた。

中学校の授業が終わり、家に帰ってくると父がいるではないか!

あんなに家にいなかった父が、日曜日ですら家にいなかった父が平日の、それも日が全然沈む前の時間帯に何故家で酒を飲んでいるんだと、今まで感じたことも無い感覚、怒りと言うか、寂しさと言うか、不安と言うか、ショックだった。


昼間から家で酒を飲んでる父の姿にいよいよ嫌気がさし、当然のようにグレ始めた。


中学にも行ったり行かなかったり、仲間達とタバコを吸っている所を先生に見られたり、喧嘩したりと行動は暴力化していった。


そんな僕に母は

「しっかりしなさい。今が一番大切な時期なんだからね!」

と、当たり前のような言葉で僕を叱った。


父は何も言わない・・・。(言えないのか?)とすら思った。


日々暴力化する僕の行動は周囲を遠ざけた。


「あんた、そんなんでいいの?」


母が問いかけるが僕は聞く耳をもたない。


「この辺りの高校への進学は、もうだめだって。・・・あんた、本当にどうするの?」


なにも聞こえなかった。いや、聞こうとしなかった。絶望的になる母の横で父が重い口をひらいた。


「なぁ、RYO。お前は何の為にツッパっているんだ?それだけ聞かせてくれ。」


(なに言ってんだこのクソ親父)と思いながらも、怒られると思っていた僕は少し拍子抜けした。

それでも黙っていた僕に父は続けた。


「俺はな、何かする時、必ず誰かの事を考えて行動するんだ。仕事だってそうだ。利益ばかり優先して考えて人間関係をおろそかにする、お前も今そういう状況じゃないのか?」


当然頭にきた僕は言い返す。


「人間関係だけじゃ利益になんないだろうが!俺は楽しくて遊んでるだけだよ!きれいごと言ってんな!」


この後の言葉で僕は後の生きかたを180度変えることになる。人間としても、起業家としても・・・!