
ありがたいことに、短時間の安産だった。
嫁さん、ありがとう。
分娩室に入った頃に職場を出たが、車を10分ほど走らせたところで無事に生まれてきてくれた。
病院に到着すると、放心状態の嫁さんと、小さな小さなあかちゃん。
約2700、50cmと、母体に負担の少ない小柄な体で生まれてきてくれた。
あかちゃん、ありがとう。
名前は「風太(仮)」。もう少しかしこまった良い名前もあったのだが、生まれてから顔を見て、その夜ボブディランを聴いていたら、無性に風という字を付けたくなった。
目の前にある現実になかなか実感が沸かず、頭がボーッとした。
が、それは発熱のせいで、熱を測ると38.5℃。
この日はこのまま産婦人科で薬をもらい、早々にひきあげた。
そして、高熱にうなされたこの夜。おなかがとても緩く、
僕はうんちを漏らした。親父になったその日に 笑。
翌日になると、高熱は嘘のようにひいてしまっていて、また病院にいき赤ちゃんをみた。
昨日よりもしっかりと、細かい部分まで見れて、だんだん実感が沸いてくる。
生まれたことへの喜びに沸いた病室も、一日立てば嫁さんの体調が良くなると共に、「名前は決めた?」とか、「どっちに似てる」とかそういう話に変わってくる。
そしてイタズラに、「お父さんになったら好きなことができなくなるよ~」と言ってくる輩もいるが、それは間違いだと思う。
そんな人にはぜひ、作家、椎名誠氏の本をオススメしたい。
あの親子関係は理想的だ。
子どもの為に、子どもの為にと口を揃えて皆言うが、それは最もな話で僕も理解できる。
でも、そのことと、自分が限られた範囲で、充実した毎日、余暇を送り、魅力的な年の取り方をしてはいけないこととは決して繋がらないと思う。
子が成長するように、親も心身共に充足し、成長しないといけない。
28歳の僕は、親レベル1で、男レベルもまだまだ低い。
親レベルが高く、男レベルの低い男の言うことを、思春期の子どもは真に受け止めてくれるのだろうか?
初等教育に於いては、まず「してはいけないこと」を教え込む風潮があり、これらのことは大人になった今でも脳ミソに刷り込まれていて、「彼女ができたら」「結婚したら」「子どもができたら」と、できなくなっていくことから考え始める人が多いこと多いこと。
そして、今は僕らが子どもの時よりも、情報が多い。
きっとパソコンや携帯などの情報端末に触れる時期は僕らよりもずっと早いと思う。
情報が多すぎて、それを制限するやり方ではとても無理でなので、「してはいけないこと」を教えるのではなく、「やりたいことをしっかりと選べる」ようにしてあげたいなぁと思っている。
その為の一環として、物心つくまでは、生き物に触れさせ、見て、触り、聞き、感じ、一緒になにかを体験したいと思う。
アウトドアは選択の連続で、しかもすぐに結果となって表れるので、ぴったりなのだ。
子どもが初めてやることは、僕も子どもとは初めてやること。
その体験に於いては互いに初めて同士、対等でいられる。
その後、アウトドアに興味を示すかは子どもが選ぶこと、で良いと思っている。
だから僕は目いっぱい、遊びたいと思う。
子どもをほったらかして・・・と言う目はご勘弁願いたい。
過保護に、子どものレベルまで落とした遊びをするつもりはない。
親のレベルもたかが知れてるのに、わざわざ落とすなんて失礼だし、ギリギリできる、できない遊びの楽しさをみんな子どもの時から知っているハズ。
もちろん、オムツ替えたり風呂に入れたり、そうゆうことはやるつもりだし、限られたお小遣いの中での愉しんでいくつもりだ。
夜、子どもの写真を見ているとなんか嬉しくなって涙がでそうになる時がある。
子どもと一緒にカヌーを漕いで姿を想像すると、楽しみで楽しみで仕方がない。

もう少し、大きくなったらこのブログにも登場するかもしれません。