13年前に亡くなった父

 

65歳まで働き退職した父は家にいた

 

祖父が日本画家だったせいか、絵描きの血筋だったのか、

「絵を描きたい」

とも話している時もあったが、

結局は

「今までガムシャラに働いてきたから、もうやりたいことはない。あとはゆっくり過ごしたい」

そういう父は、

朝、起きたらラジオ体操

新聞に目を通し朝食。

あとはテレビ三昧

昼ごはんを食べ、夕食は毎晩、晩酌

 

人ってこういう生活でも生きていかれると思った

 

最期は喉頭癌で亡くなった

 

緩和ケア病院に移ってから、せん妄状態になり、

夜中泊まり込みをして欲しいと言われ、

私が付き添った

 

夜中、暴れる父には精神安定剤の注射をして抑えていた

 

ある晩、私がいる時に暴れだし、また注射を。。となった時に

看護師さんと二人で抑えていたら

 

父が肩をかみついてきた・・・

 

父は分かっていたのだ。。。

 

その注射をされると意識が朦朧としてくることを、、

 

それを阻止したかったのだろう。。

生きたかったのだろう。。

 

まだはっきりと記憶している

 

父の亡き後、母が脳腫瘍を患った

 

高次機能障害になり

途中からは言語障害を引き起こし、

痴呆症状でなくなっていった

 

母は昔から

 

「大草原の小さな家」みたいな家で暮らしたいと言っていた

 

手作りのものであふれ、自然の中で家族が楽しく暮らす場所

 

でも、叶わなかった

 

人は願うようには生きられない

そして、私

 

シングルマザー

 

生涯一人は嫌・・・

 

幸せになる、と父の枕元で誓った

 

でも、相手がいない

 

頑張って婚活した

モテ期だったのもあって

頑張った

3年

 

でも未だに一人

 

どうせ・・・諦めかけていた

 

人ばかり羨ましくなる

 

すごく好きになった人がいた

今でも諦め切れないでいる

でも、その人は

愛情が深くて優しくて気も聞くし頭もいい

 

でも、私が一番欲しいものはくれない人だった

 

あったかく包みこんでくれる愛情

私のことをしっかりとみていてくれる優しさ

心の通い合い・・・

 

純粋に探し求めてみよう

 

そして、

どーせ・・・

 

両親の死をみて、

どーせ・・・

どこかで頑張っても報われないことを感じてしまってから

どこかで諦めてるところもあるんじゃないだろうか。。

 

婚活がうまくいかないのもそれに輪をかけている気がする

 

この姿、終わらせなければ。。。

 

息子にも連鎖してしまう。。。

 

中途半端にしない・・・

 

諦めない・・・

 

できることから、

できることだけ、

手を広げすぎず、

一つ一つコツコツと丁寧に・・・

 

丁寧に

 

諦めずに・・・

 

 

「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」 

優美なだけでなく端正で凛としており、しなやかさと謙虚さも兼ね備えた女性になりたいものです

 

 

そして

「いつも心に太陽を」

まわりをあたたかく照らせる人に

私はなりたい