登場人物はふたり。
おにいちゃん→理系の高校二年生。獣医になりたい。生真面目。AB型。
いもうと→公立の小学校に通う四年生。おおらかで無防備。O型。兄のひいき目抜きで、かなり可愛いらしい。
生物学のはじめの一歩を、楽しめるお話をめざします。
第二回の2 ホルモンと脳みそとわたし。
「ホルモンって、どんなものだと思います?」
「えーと、色とか、形とか?においとか」
「理科で習ったでしょう?固体とか、液体とか、気体とか」
「あー、水はどこへ行く?でやったー」
コップを撫でながら、
「コップの周りの水蒸気は、氷入りのコップに冷やされてお水になっちゃうってことでしょ?」
「ちなみに、湯気は?」
「テストで間違えたんだあ!液体なんでしょ?」
ほっぺたをぷうぷう膨らませながら、髪の毛を耳にかけて、麦茶をがぶりと飲んだ。
「えーと、多分液体」
「どうしてそう思われましたか?」
「固体だとごろごろ転がっていたそうだし、気体だと・・・確かスゴーく体積が大きくなるんでしょう?」
ほっぺたをさらにぷうと膨らませて、ぽんと音を立てて息を吐き出す。
「爆発しちゃう」
「はい。君の読みどおり、ホルモンは液体です。血液の中にぷかぷか浮いて、運ばれていくのね」
「あー、赤血球さんたちと一緒にね」
「で、僕は中学生になって突然身長が伸び始めたのですが」
「うん、パパとママも驚いてた」
「よくおぼえてるねえ」
「おにいちゃんの身長ののびっぷりは、わたしもあやかりたい」
昭和好きの父が、最近彼女と落語会に行ったりしていたようだけれど、何だか影響されてるな。
「さて、僕が身長が伸びたのは中学受験のストレスがなくなったからだといううわさも聞こえてきますが」
「実際は?」
「そこが問題で、僕は中学受験が終わるまで身長を止めようと決意したわけでもないし、終わったとたんに身長を伸ばそうと努力したわけでもないのですよ」
「確かにー。そんな簡単に背をのばせるなら、わたしものばしたいー」
両手両足を突っ張るようにして、妹は主張する。
「でも、ストレスが身長の伸びに関係しているという風に言われてしまうわけです」
「ふみ?」
「というのも、もともとは脳みそから、僕の身長を伸ばしなさいーって、命令が出されたわけです。僕の意識しないところでね」
「脳みそから、液体が出たの?」
「えーと、脳みそからは神経がつながってて、糸電話みたいな感じで、ホルモンの製造工場に、身長を伸ばしなさいっていう命令が行くわけ。
そして、製造工場でホルモンが作られて、それが血液の中にベルトコンベアーのように放りこまれて、運ばれるんです」
「じゃあ、その糸電話がかかってこないと、背は伸びないってことかあ。ちょっと・・・まって!」
おでこに人差し指を立てて、くりくり回し始めた。何かをひらめいたようだ。
「脳みそも、パパとママのバトンから作られるから・・・だから、ちいさいパパママからだと、ちいさい子が育ちやすいんだね?」
「そうそう」
「よーし、よーし」
「ちなみにあるところまで身長が伸びたところで、もう伸ばさなくっていいですよーって、命令が出されて、身長は止まります」
「そうだよねえ、止まんないと、びっくり人間大集合とか、そういうことになっちゃう」
「で、僕の中学受験の話ですが」
「ふみふみ?」
「僕の意識しないところでホルモンが出されると言う話をしましたが」
「意識しないところ、って謎。脳みそはものを考えるところでしょ?」
「そう、そこ」
僕はさっき「走性」と書いたメモの下に、メロンパンの断面図のような半円と、その底面の真ん中に丸を書いた。
「ものすごく大雑把な、脳みそ。この上のメロンパンみたいなところで、きみも僕もいろいろ考えて、しゃべっている」
「ふみ。この丸いのは?」
「脳みそで考えることで邪魔されては困るような、命にかかわることを担当するところ。心臓を動かしたりとか、呼吸を一定以上止められないようにするとか」
「むう。確かに心臓を止めたいって思った瞬間に止まったらああああ」
妹はTシャツの胸のあたりを思いっきりつかんで、もだえている。痛い話が嫌いなくせに、自分からふってしまう、癖があるね、きみは。
「で、その部分がホルモンを出す命令を出すから、無意識のうちにホルモンは出るわけで」
「むーーー」
大きな息をついた妹は、麦茶に手を出した。
「それで、実は余りにもストレスが大きくなると、脳みそのメロンパン部分でごまかせなくなって、命担当のところに直接影響しちゃうんだそうですよ」
「おにいちゃんにとって、そんなに受験ってきつかったんだ」
「という見方もできると言うこと、ですよ。たんにもともと糸電話をかけようとした時期と入学が重なったのかもしれないし」
「んんんん」
彼女はおもむろに立ち上がって、お盆にコップを載せ始めた。
「おかわり、持って来るね」
「ああ、お願いします」
「で、そのあとは女性のホルモンバランスとダイエットについてのお話を、お願いします」
「!?」
「だって、ママの説明じゃぜんぜんわかんないんだもん」
第二回の1 またも、似てないものに惹かれる話から。
夏休みである。
僕は生物を頑張っている。
遺伝は結構仕上がってきた。
生化学にかかわるところを少しやらないとな・・・
「もしもし、おにいちゃん」
「わ」
妹がグラスを両手に、覗き込んでいた。
「さっきから口ノックしても無視してるから」
「ごめんごめん、模試が返ってきたもんだから」
「あいかわらずおにいちゃんの部屋は熱風の暴風だねえ」
「きみは冷房好きだものね」
僕は、冷房が苦手だ。
幸いにして高層マンションに住んでいるので、部屋のドアを開け放って、窓も開け放っておけば、風が通る。でも、冷房好きの妹には少々厳しい環境らしい。
「麦茶はいかがですか?」
「ああ、頂きましょう」
エアコンのリモコンに手を伸ばす。
「お嬢さん、窓を閉めてくださいますか?」
「わーい♪立っているものでも何でも使ってください♪」
妹はいそいそと窓を閉める。
「しつもーん」
「はいはい?」
「ホルモンとフェロモンって、どう違うの?」
「似て非なるものですねえ」
僕は、生物の参考書の頁を繰る。
「まずは、フェロモンから行きましょうか」
「はいはーい」
「動物と言うのは、いろんな行動をするわけですよ」
「ふみ?」
「虫が光に吸い寄せられるような」
「それも行動なの?」
「理科的に言うとね」
「フェロモンに吸い寄せられるってこと?」
「簡単に言うとそういうことだけど、ゆっくり説明すると」
麦茶をごくりと飲んで、僕はノートに「走性」と書き付けた。
「そーせー?」
「そう」
僕は頷きながら、言葉を継ぐ。
「光とか、電気とか、水の流れなんかに対して、動物は吸い寄せられたり、嫌って反対の方に行ったりする性質があるのですよ」
「いやーって、思うの?」
「いや、思う以前にそう行動しちゃう。生まれつきのものだから、反対のことをしたいって思うことも出来ないわけで」
「気がついたらそうしてるってかんじ?」
「まあ、そうしたほうがその動物が生きていくには都合がいいのですよ」
「むー」
妹はおでこに人差し指を立てて、くりくり回しながら、ちょっと待って、というふうに、左手で僕を制する。
「じゃあ、フェロモンをかぐと、吸い寄せられるって言うのは、生きていくのに都合がいいということ?」
「フェロモンはありんこだと、足で感じたりするんですよ」
「あー、ありの行列」
妹は、裸足の足でぺたりぺたりと足踏みをした。
「で、人間のフェロモンですが」
「ふみふみ」
「シャツを着てるとにおいがつくでしょ」
「あせくさい話~」
「で、男の子に着てもらったシャツのにおいを、女の子にかいでもらって、好きなにおいをたずねる実験をした先生がいるのね」
「むううう。わたしは、その実験は、かぐほうも、かがれるほうも、微妙だな」
妹は自分のTシャツの襟に鼻先を突っ込んで、言う。
「むううう。やっぱり、嫌かなあ」
鼻を抜いて、僕のほうに向き直る。
「で、結果は、自分に一番似ていないにおいを持つシャツに、惹かれたんですね」
「いやだったの?」
「いや、その引くじゃなくて、引き付けられたんですね」
「ああああ、わかった!前に教えてもらった、みんな違ってみんないい!ってやつね!」
ぱああ、と妹の目が輝く。
「だから、遺伝子が重ならないように、違うにおいに引き付けられるんだあ!すごーく、納得!」
うれしくても、彼女はじたじたと地団太を踏むのだ。
「ちょっと失礼」
妹は、僕のシャツの身頃をつかんで、においをかいだ。
「わああああ」
僕は思いっきり、腰を引く。
「きょうだいなのに、照れなくてもいいでしょうにい。
やっぱり、においは似てるかなあ」
「そそっそ、そりゃあきょうだいですから!」
「ふーみ」
妹は椅子に座り直すと、なにやら頷いて、麦茶を飲む。
「フェロモンは外に出て、ホルモンは内側に出るってわけかあ」
「いきなり、本質を突きますねえ」
「だって、焼肉のホルモンはみんな内臓でしょう?」
「それはそうなんだけど・・・ええっと。」
説明はまた明日。
第一回のまとめ いもうとのレポート。
「なぜ、ハーフの子は美人が多いか」
ハーフの子は、お父さんからもらう精子と
お母さんからもらう卵子の中にある、命のせ
っ計図の中の命令が、同じ国のお父さんとお
母さんの命令よりいろいろな種類があるので、
悪いところが重なることが少ないから、美人
になります。
例えば、かみの毛の色は、お父さんから出
る命令と、お母さんから出る命令のどちらか
で決まります。だから、お父さんのかみの毛
の色と、お母さんのかみの毛の色はまざりま
せん。わたしは、お父さんとお母さんのかみ
の毛の色がまざると思っていたので、そのこ
とを知っておどろきました。
でも、その命令は、性別によってできるも
のと、どちらの命令になるかがわからないも
のがあるそうです。
血えきがたは、お父さんの命令と、お母さ
んの命令の強さは同じです。だから、お父さ
んが「Aにしてね」、お母さんが「Bにして
ね」と言ったら、ABがたになります。お父
さんもお母さんも「Oにしてね」と言ったら、
わたしのようにOがたになります。でも性別
は、人間は、お父さんが決めるそうです。で
も、ミトコンドリアと言うものは、お母さん
から女の子にだけもらえるものなのだそうで
す。女の子はせきにん重大だなあと、思いま
した。でも、女の子をうむためには、お父さ
んの「女の子にしてね」という命令がいるの
で、人の体はよくできてるなあと、思いまし
た。
「ふー」
一枚半くらいになったから。まあ、いいよね。多分字数が少ないって言われることはないと思うし。
さあ、ねようっと。
・・・義理のきょうだいなら、けっこんできるんだよねえ。
残念。
第一回の6 こうして僕は途方にくれる。
「はじめの方で、デイ・アフター・トゥモローの話をしたの、覚えています?」
「うん。感動的だったよね、ラストシーン。お父さん、頑張ったよね」
「映画じゃなくて、いろんな人を作っておかないと危険だって話」
「きけん?」
「きょうだいというのは、お父さんとお母さんからもらう設計図が極めて近いんですね」
「どれくらい?」
「お父さんから半分、お母さんから半分もらうから、計算上では半分の半分。
たまたま、まったく重ならない場合もあるかもしれないけれど、一番重なったとしたら、相当重なるんですね、性別にかかわるもの以外は」
「じゃあ、おにいちゃんとわたしは、キャラメルの男の子用おまけと女の子用おまけくらいの違いしかないって言う可能性もあるんだ」
「君・・・いくつ?えらく、古いこと知っていますねえ」
「まあねえ。昭和って、好きなんだあ」
「それはパパが好きなんですよね、むしろ」
「レトロ好みなんだよね」
「もとい、そのお菓子の中に、いい味のお菓子があって、二つ合わせたらすっごくおいしくなりましたって場合もあるんだけど、
あらかじめおなかをこわしちゃうものが入っていたとして、それが二つそろうと完全におなかをこわす、と」
「片方ならこわれないの?」
おなかをさすりながら、妹は訊く。彼女は父に似て、若干胃腸が弱いのだ。
「そう。だから、おなかをこわしやすいお菓子を設計図の中に持っていたとして、おなかをこわしにくいお菓子だけの命令を出す人と結婚すれば、
おなかがこわれないわけ」
「じゃあ、おなか、こわれますよってお菓子だけ持っているきょうだいから子供がうまれたときに、おなかがこわれちゃって、いたいいたいな子が生まれるかもしれないの?」
「そういう危険性をはらんでいるわけです。だから、できるだけ、自分の設計図と違うタイプの人と設計図を合わせたほうが、おなかをいたくしにくいという、考え方があるわけで」
「だから、似すぎている設計図を持っている人とは、子供をつくってはいけないわけね。残念」
「!?」
顔から火が出るとはこのことだろうか。びっくりしすぎて、声も出ない。その、相手って!?
「わかった!」
「何が!!」
耳をふさぐようにして、きゅうと妹は僕を睨んだ。
「なーに、大きな声出してるのー」
「あああ、ごめんなさい」
今度はこちらが頭を抱えるほうだ。
「だから、ハーフの子って、可愛いんだね。
わたしの学校にね、ハーフの子が転校してきたのー。もう、めろめろに可愛いんだあ。
で、何でそんなに可愛いのかって大騒ぎになってね。皆で、調べてみようって事になったの」
「はあああ」
「だから、納得したぞう!レポートにまとめようっと!
おにいちゃん、ありがとう!おにいちゃんは天才で、大好き!」
「はあああああああ」
「おやすみー」
カップと保健体育の本を持って、妹は出て行った・・・・
ああ、僕はいつもこうして振り回されるんだ・・・・
つかれた。寝よう。
妹のレポートはまた次回。
第一回の5 人はそれを隔世遺伝と呼ぶ。
妹の指は、手のひらに対して指が多少短い。というか、手のひらのほうが大きい。指が長い両親に似なかったといって、彼女は少し悩んでいる。
そして、親戚に会うたびに手のひらを見てまわっていたので、「手相に凝ってるの?」などと訊かれていたり、していた。
「パパの方の、おばあちゃまにそっくりなんだよねえ。あと、パパのおねえちゃま」
「だから、この話の一番最初に言ったように、パパのバトンとママのバトンを受け継いで君が生まれたように、君のパパもおじいちゃまとおばあちゃまのバトンをうけついでうまれているのね。
人の目に見える形をあまりにも簡単に話しちゃうのは危険なんだけど、だからさっきの鼻の話も、すごくまとめた話だから、一つの命令で決まったりはしないんだけど・・・・
もとい、たとえば指の長さをきめるバトンの一部分、設計図の命令書ね、それがおばあちゃまからは「みじかくしてね」、おじいちゃまからは「ながくしてね」ときて、パパの指の長さはおじいちゃまの命令を採用したわけね。でも、パパのバトンの中にはおばあちゃまの命令がそのまま残っているわけ。
・・・・たとえば、トランプのカードを机の上に積んでおいて、上から覗くと、一番上のカードが見えるでしょう?
でも横から見ると、何枚も重なってるでしょ?ああいう感じ」
「表にはクラブのエースがあって、その下にハートのクイーンがある感じ?」
「なぜ、そのカード?」
「おじいちゃまとおばあちゃまがそんな感じがするから」
「君の感性は面白いですねえ」
「ひひ」
彼女は、手のひらでハートを作って、その向こうから僕を覗いていた。照れているらしい。
「で、そのハートのクイーンのほうが、君の設計図を作る段階で、採用されたというわけです」
「わたしの設計図を作る段階?ああ、精子ね」
「えーと、少し突っ込んで話すと、精子というのはその元になる細胞から作られるのですね。
その細胞の中の設計図の重さを仮にバトン一本が・・・」
「50gくらい?」
「50gとして、バトンになる段階で、半分に割けるので25gになるわけ。
その25gのバトンがママのバトンであるところの」
「卵子と合体するんだね。どこで?」
「・・・・いや、出会うことさえ出来れば、どこでも。試験管の中とかでも」
「ふううん」
うまく、スルーできたかな?焦った。
「じゃあ、ママの体の中でも、卵子の元の細胞から25gのバトンが出来たんだね」
「そうです。で、そのバトンを作る段階で、どちらの性質を受け継いだバトンができるかは、完全に偶然の産物なんですね」
「だから、わたしとおばちゃまは、ハートのクイーンをもらって、それを上においているんだね」
「そこまでわかれば、十分でしょう」
「おじいちゃまとおばあちゃまは遠い親戚だったんだよね」
「らしいですね」
「じゃあ、どうしてきょうだいだと結婚できないのかなあ」
「は!?」
「マンガでね、義理のきょうだいだから結婚できたってかいてあったの」
「そこが、もしかして、本題?」
第一回の4 おとこのこ、おんなのこを決めるのは。
「あら、まあ」
「うーん。それは、パパなんですね」
「んんん?」
「パパの・・・精子の中に、おとこのこにしなさいって命令があったら、僕のように。
おんなのこにしなさいって命令があったら、君のように」
「ママは?」
「ママの卵子の中には、おんなのこにしなさいっていう命令だけあるんです」
「えええ!?ずるくない??」
妹は、本当にじたじたと音を立てて、地団太を踏んだ。
「でもママしかうけつがさせることのできないものもあるんですよ」
やや怪訝な面持ちで、妹は訊いた。
「どんなもの?」
あんまりまゆをひそめていると、きれいな顔が台無しなんだがなあ。
「人間は、細胞っていうつぶつぶでできているんですけど、そのひとつひとつに、ミトコンドリアってものがありまして」
「コンドミニアムみたい」
「まあ、形は似ていなくも・・・ないかな。そのミトコンドリアは、お母さんの命令に従って、つくられる」
「ほー」
「しかもそれを受け継がせることが出来るのは、おんなのこだけ。
だからずーっとむかしから、おかあさんからおんなのこへ、そのこがおかあさんになってこれまたおかあさんからおんなのこへとうけつがれて・・・」
「わあ」
「だから、僕が男である以上、僕の中の設計図では、おんなのこにする、という命令は出せても、ミトコンドリアをどうするか、ってことは命令できない、というわけです」
「よくできてるねー」
彼女は腕を組んで、うんうんと頷いている。椅子の上で胡坐までかいている。ちょっとやりすぎだ。
「だから、ある家でおとこのこだけがうまれたら、そこでミトコンドリアの歴史はジ・エンド」
「あーららー。私、責任重大だね」
「だいじょうぶ。おんなのこにうけつがせるためには、設計図のもう片方を担当する男性にも責任があるのです」
「精子と卵子のたすけあい、だね♪」
「あああ・・・まああ・・・」
「おにいちゃん、また真っ赤だよ」
「ちなみに、お父さんが性別を決めるのは、哺乳類と、あと、ハエ」
「ええええ!きたないい!」
頭を抱えられてしまった。こちらが申し訳ないような気がしてくる。
「観察がしやすいから、しょうがないんですよ」
「お母さんが性別を決めるのはないの??」
「鳥と、爬虫類」
「たまごのからが固い方々だね」
「ああ・・・そういうまとめかたもあるか・・・」
「だってそうじゃない?・・・蛙とかお魚とかは?」
「ううう・・・テキストに載ってないですねえ・・・これは宿題ってことで・・・・」
入試生物の世界を越えてきている気がしなくもないような・・・・・
「あーとー」
指をびしりと僕に向けて、彼女はのたまうのだ。
「私の指は、なぜパパでもママでもなく、おばあちゃまにそっくりなのでしょうか???」
第一回の3 血液型の遺伝は複対立遺伝子って言うものが決めるんですよ。
「ふみ?」
「血はいろんな粒々がちょっと黄色っぽい液体の中にぷかぷかうかんでるのですよ」
「はあ、白血球とか?」
「白血球はわかるんですね」
「白血病のドラマで見た」
「なるほど。そのぷかぷかの中に、赤い粒々があるわけで。赤い血の球ね」
「ふーみふみ」
少しイメージがわいてきたらしい。
「その赤血球さんは、体中に酸素とお手手をつないでらんらんらんって、運ぶのですよ」
「かわいいね」
「その赤血球さんが減ると、貧血になる」
「あー、ママか」
母は、少々貧血気味だ。
「ママはね、カフェインの取りすぎなんですね。だから赤血球をつくる材料の鉄が体に入りにくくなっちゃう」
「いま、飲んでる紅茶、だいじょうぶ?」
妹はいきなりカップをしげしげと覗き込んだ。
「いまは食後すぐじゃないから、大丈夫。あと程度問題ね。ママは飲みすぎのきらいがあるから」
「きらいなのに飲みすぎなの?」
「えーと、飲みすぎですよってことを強調したのね」
「日本語は奥が深いねー」
「まあ、深いですね。えーと、ちょっと脱線しちゃいましたが、その赤血球に種類があって、それをAとかBとか呼ぶわけです。
赤血球のぷかぷか浮かんでる液体の中には、自分の中にぷかぷか浮かんでない赤血球があると、かたまっちゃう性質があるのですね」
「敵にたいして、バリヤーみたいなことだ」
「なかなか、そのたとえはいいですよ。だから、パパの血は赤血球がAで、Bの赤血球にバリヤーを張るんです」
「わかったぞー♪ママはー、せっけっきゅうがBでー、Aにバリヤーだね」
「おー」
僕はぱちぱちと軽く拍手した。妹はVサインをして、反り返った。
「えっへん」
「そんなわけで僕の血は赤血球がAとBで、どちらにもバリヤーは張れないのですよ。」
「じゃあ、やっぱりわたしはパパからもママからも何にももらってないの?」
いきなり、いすの上で体育座りをして、あごをひざの上に乗せたまま、いすをくるくる回す。キュロットだからいいものの、おおらかな人だ。
「いやそうではなく、AとBにバリヤーを張ることを、パパからもママからももらってるんですから、大丈夫。
パパからはBバリヤーを、ママからはAバリヤーを」
「ふみ!」
妹は丸くなっている背中を伸ばした。
「でもおにいちゃんは、さっき、パパかママから命令が出れば何かになって、そうでなければ、反対の何かになるっておしえてくれたでしょう?
おにいちゃんはなんでAもBもあるの?」
「えーと、この場合は、設計図の中でパパの設計図とママの設計図のそれぞれの命令の中でAとBの命令の強さと、AバリヤーとBバリヤーの命令の強さは同じなんですよ。
だから、僕はAとBの命令の両方をもらって、そのかわり、バリヤーはなし。君はAバリヤーとBバリヤーの命令の両方をもらっているのね」
「じゃあ、わたしもおにいちゃんも、命令の種類は違うけど、パパからもママからもバトンはもらってるんだね、血液型でも」
「そうそう」
「じゃああーあー」
おでこに人差し指を立てて、くりくり回しながら、彼女が言葉を継いだ。
「おとこのことおんなのこは、どう決まるの?おとこのこにしなさいって命令と、おんなのこにしなさいって命令がきたら?」
まゆをきゅうとひそめて、唇を少し尖らせて、妹はいすから足をぶらんぶらんさせて、さらに訊く。
「どっちかが勝つのは、ヘンだよねえ?わたしとおにいちゃんで、勝ち負けとかあったら、やだ」
第一回の2 バトンであり設計図
「えーと、パパのバトンとママのバトンがすっぱり半分ずつに割られてて、それがかみ合って、君の命のバトンになっている、と云うのは正しいんだけど」
「ふみふみ」
「ふみふみ?」
「流行ってるの。それで?」
「だからかまぼこ型のパパのバトンとママのバトンが合体して、君のバトンが出来るのですよ。僕のも、そう」
「でもおにいちゃんとわたしはちがうよ?おにいちゃん、一重でしょ」
「だからそのバトンにあたるのは、学校で習ったでしょう?ここにも書いてあるし」
「そうそう、パパで精子が、ママで卵子が作られるんだよね。それがバトンなんでしょ?」
僕の口から説明しようとしてもとても(恥ずかしくて)出来ないことをけろりけろりと、彼女は口にするのだ。
「で、そのバトンを作るときに、出来るだけいろいろなバトンを作るようにするんですね」
「どうして?」
「いきなりとんでもなく寒くなっちゃったりしたときに、おんなじタイプの人ばかりだと、全員で死んじゃうかもしれないでしょ」
「あ、デイ・アフター・トゥモローみたいなの?」
「まあ、そういうのも。あと、治療法のない伝染病とか流行ってしまった時、全員死んだら困るわけ」
「だからいろんな人をつくる、と。」
「それで、そのバトンは君というひとがうまれる、設計図みたいなものだから」
「あー、パパがよくかいてるやつね」
父は、設計士なのである。
「そう、あのパパのかいてるみたいな設計図を、最終的にかくときに」
「あー、受精」
「あ、あ、うん。受精のときに、パパとママの持っているどちらの性質を君に受け継がせるかが決まるわけです」
「それは、偶然?」
「じゃあ、ないんですよ。例えば耳あか」
「きたなーい」
「でもひとの外見を使った調査はむずかしいでしょう。一重と二重とか」
「うーん??で、耳あか?」
「です。耳あかの乾いている人と湿っている人が世の中にはいるのですね」
「おにーちゃんはー」
「わ、のぞかなくてもいいですから」
「かわいてた。わたしのは?」
「え、僕に見ろと?」
「うん、自分じゃ見られないもの」
ちょっとため息をついて、妹の耳をのぞく。
「見えないですよ」
「あ、さっきおふろの後でそうじしたんだ」
「だめじゃないですか」
僕は妹の耳たぶを少しひっぱった。
「あたたあ」
妹は僕のことをきゅうとにらんで、耳を覆うようにして撫でながら訊く。
「で、耳あかが??」
「パパとママの持っている設計図の中で、耳あかを湿ったものにしなさいっていう命令が片方だけでもあれば、君の耳あかは湿るんですね」
「ふうん?」
「でもパパとママからもらった設計図には、耳あかを湿ったものにしなさいという命令が、僕にはなかったわけです」
「はああ」
「だから僕の耳あかは乾いているわけ。そういうふうに、パパとママがくれる設計図の中には、それぞれ髪の毛をまっすぐにするかどうか、目を一重にするか二重にするか、鼻を高くするかどうかっていう命令文が入ってるわけ。
パパかママからある命令が出ればある形になるし、そうでなければ、その形とは反対の形になるわけね」
「じゃあ、さっきの鼻の高さは、パパからもママからも、鼻を低くしなさいっていわれなかったから、高くなったってことかあ。
よかったね、おにいちゃんも、わたしも」
妹は母譲りのえくぼを作って、にっこりと笑う。つられて僕も微笑んだ。
「でーも」
微笑んだ口を少し尖らせ、首をかしげた妹は続けるのだ。
「パパはA型、ママはB型、おにいちゃんはAB型、おにいちゃんはパパとママから設計図の命令をもらえて、わたしはO型・・・・
パパからもママからも命令をもらえなかったってことなの??」
第一回の1 遺伝って・・・
そんなわけで生物は必須なわけで、日々勉強している。わかるようになれば、結構面白いものだしね。
「こんこん」
「口ノックですか、はいどうぞ」
「どうも♪」
と云って入ってきたのが妹だ。小学4年生になっても、まだまだ小さい。小さいくせに、態度はなかなか大きい。
まあ、僕が一人っ子かなと両親も思っていたところに授かった女の子だから、父も母も「掌中の玉」にした、その挙句が、これ、というわけだ。
でも僕も、年齢差が災いしているのか何なのか、彼女と話すときには丁寧語を使ってしまう。
「両手に飲み物持ってたからね、口ノック」
「というサービスをするということは、又なんか宿題ですか?」
「ビンゴ♪」
と云いながら、紅茶を置く。
「あのですね、学校で「命のたん生」について勉強したのですよ」
と言いながら、わきに挟んだ「保健体育3・4年」を出して、僕に渡す。
「そこにね、お父さんとお母さんから命のリレーをしているって、書いてあるでしょ?」
僕は、テキストの微に入り細に渡った第二次性徴の説明に目を丸くしていて、正直妹の発言をよく聞いていなかった。
(えー、ここまで!?これを男女が席を並べて勉強するのは、僕だったら、きついなあ・・・・)
「おにいちゃん!?」
「あ、はいはい」
顔を上げる。
「顔、赤いですよ?今時の高校生にしては、ちょっと恥ずかしがりすぎじゃない?」
「君がおませなんでしょうが」
「先生はけろりとして説明してましたよー」
「それは、先生ですから」
「まあ、それはおいといてですね、わたしの目は二重でママ似でしょ、でも髪はママみたいにまっすぐじゃないし、鼻はどっちに似てるかわからないし・・・」
「まあ、鼻は二人とも高くないと高くならないから」
「んん??」
妹が首を傾げてしまったので、慌てて言葉を継ぐ。
「それで、質問は??」
「だから、命のバトンって、ぴったり半分ずつじゃないの?わたしがパパに似てるのに、全部パパ似じゃないのはどうして?」
