昨日小説を読んだ。
お陰でまだ頭の中に言葉たちが
行き場をなくして留まっているので
何かしらを文字にしたためたかった。
どこにも行き場のない、
ずっと引っかかっているできごと。
東日本大震災。
忘れたくても忘れられない日になった。
中学の卒業式が終わって少しした時だった。
快活とは言いきれないかもしれないが
それなりに活発だったと思う。
卒業できたことが嬉しくて鬼ごっこをしていた。
残っている卒業生はあまり多くはなく
先生に呼び出された。
「電車が止まるかもしれない、すぐに帰れ」
何が起こったのか、全くわからなかった。
鬼ごっこをしていた私たちは
揺れに気付かなかった。
花束を抱えて呆然と
電車に揺られたのを覚えている。
さすがに母も駅にいた。
帰るとテレビがついていた。
そこには想像もしなかった水の渦。
次々と車や建物を連れて行く濁流。
その見慣れない景色を見て
ただ、静かに涙が伝った。
恐れでもない、悔しさでもない。
「たくさんの人がこの中で死んでいる。」
それだけを想った涙だった。
今、彼女を振り返ると
純粋な、曇りもない想いで
彼女は泣いていた。
どのくらい唖然として泣いていたのか
わからないが
後ろから来た母が
「なんであんた泣いてんの。」と
冷たい声をかけてきたことも
ついでに忘れない。
あの人には感情がないのかもしれない。
私には理解のできない感性だ。
きっとあの人も私の感性は理解できない。
でももう、それでいい。
そんな感性の持ち主である彼女は
27歳、8歳の娘がいる大人になっている。
そして、私はこの忘れられない3月に
結婚をした。
旦那になった彼はこれを読んだ時
なんと思うだろうか。
優しい彼だから否定はしない。
きっと肯定してくれるだろう。
あの感性を私は持ち続けられるだろうか。
忘れたくないこの感性により
あったできごとを、ただ、ただ。
どこかに記録として
書き残しておきたかった。
人に褒められないこともたくさんした。
けれども、人に褒められずとも
娘の命を繋ぐ努力と
その娘に不自由のない暮らしをさせる努力を
私は誰よりもしてきたつもりだ。
その努力が報われるのかは
娘が大人にならないとわからないが、
私の幸せを護るために
私は私であることをやめない。
やめられなくなってしまったと笑ってやる。
「もう本当に、幸せになっていい」と
ここで言ってくれた優しいひとに、
ここで報告をしておきたかった。
ありがとう、優しいひと。
これからもきっとたまに
ここに紡ぎに帰ってくるだろう。
まだ見守っていて欲しいという願いと共に。
