4歳児 事故からの復活

4歳児 事故からの復活

息子は4歳で交通事故に遭いました。
多くの方に支えられ、回復してきた様子を綴ります。
誰かのために、参考になれば幸いです。

頭蓋骨骨折、脳挫傷、急性硬膜下血腫、高次脳機能障害

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6月24日【19日目】


昨夜は夜8時~夜中3時頃まではグッスリ寝ていたが、

それ以降は起きている様子。


夜中に左右の手をそれぞれ一回だけ胸元まで動かしていたそうです。



37.6℃


よだれが多い。


・痙攣を抑えるため、ミタゾラムや点滴の用意をしていたが、

落ち着いていたので使用せず。


両目とも開いてはいるが、白目の状態。

黒目はずっと上に偏ったまま。


身体の反応

足裏、両脇をくすぐると反応あり。

右手、左手とも、こちらが握ると握り返す。

ジャンケン(パーやグー)は出来ない。


声をかけると…

笑ったような顔になったり、目を開けようとする。

反応がない時もある。

(病院の先生方にはあまり反応しないとか。)




小児科の先生からのお話


・麻酔投与は既にしていないが、

麻酔の効果がまだ完全には切れていないと思われるので、

今は意識がどの程度回復しているかを把握することはできない。


・頭蓋骨を戻す手術は、

凌の脳が頭蓋骨に収まるくらいの大きさに戻ってから行う予定。

(3週間後くらいを見込んでいるとのこと。)


頭蓋骨は-80℃で冷凍保存している。


手術には本人の頭蓋骨、または人口骨を使用するが、

人口骨の場合、成長に伴って大きくなるわけではないので、

定期的に手術が必要になってくる。




朝、夫が凌に声をかけると、

凌は両目から涙を流し、くぐもった低い声で泣き声を上げたそうです。


凌の声を聞いたのは事故以来初めて。


看護師さんたちも驚き、感動してくださったようです。



この日の昼頃、

小児科病棟の個室に移動することになりました。

6月22日【17日目】



輸血

貧血ぎみ。

血液中の赤血球が少なくなっている。

自分で血を作り出すペースが追いつかなくなってきた。

夕方から輸血を始める。



麻酔

イソゾール 昨夜6.0ml/h→今朝5.0ml/h→夕方3.0ml/h

ミタゾラム 1.5ml/h


減らす方向で進んでいる。

自発呼吸が出来そうなら、人工呼吸器を外して麻酔も切れる。



自発呼吸が出来ず、麻酔が切れないようなら、

気管支に直接チューブを通す手術を検討するとのこと。



目がほんの少し開きそうだった。




6月23日【18日目】



朝の様子


麻酔なし

管を抜けるように6時頃から麻酔を切っているとのこと。


起きた時に管が挿入されてるとしんどく感じるので、

麻酔(ミタゾラム)をギリギリまで少量だけ再度入れることに。


体温

37.9℃


左目を少しだけ開いたり閉じたりしている。

声をかけると、わずかに反応している気がした。



昼の様子


人工呼吸器がついに外れる!


自分で呼吸している。

酸素濃度の高い空気と蒸気を鼻から送り込んでいる。


腫れているので、薬を使っている。


・歯ぎしりが多い。


左目を少しだけ開いたり閉じたりしている。

右目は開かない。

目を開けると、黒目は右上に偏っていってしまう。


声をかけると、目を少しだけ開けようとする。



夜の様子


半分くらい開く。

黒目は上に偏っている。


聞こえている様子。


握ると握り返す。



この夜、帰る時に

「帰るね」「また来るね」「バイバイ」などの言葉をかけると、

寂しくて泣きそうになり、身体を震わせ、心拍が急上昇しました。


なんとなくだけど、意識があるんだと感じました。


凌を少しでも寂しくさせないよう、

帰る時は声をかけずにこっそりと帰ることにしました。



目も見えない、身動きもとれない、

チューブにつながれてあちこち痛くてしんどくて、

自分がどうしてこんな風になっているかも分からない…。


麻酔が切れて反応が出始めたのは喜ばしいことですが、

そんな凌を目の前にすると、

痛々しいというか、かわいそうという気持ちしかありませんでした。

命の危機を乗り越え、私たちがICUに入らせてもらえる時間も限られてきました。


かと言って、時間があっても何をするにも手につかず…。

私たちは近くの寺社を回って、ひたすら祈る事しか出来ませんでした。


この頃、色んな寺社に参拝しては凌の回復を願っていました。

凌のベッドにかけられたお守りはどんどん増えていきました。



6月19日 【14日目】


体温

37.2~39.2℃

39℃を超えた時は氷枕を多く使い、イソゾールを早送りして震えを予防していた。


麻酔

イソゾール 6.0ml/h

フェンタニル 使用なし

震えや痙攣の程度を確認しながら、麻酔を徐々に減らしていくとのこと。


これまで点滴の針は太腿に入っていたが、首に切りかわっていた。



6月20日 【15日目】


凌の口には、「バイトブロック」という空気穴の開いたブロックをくわえさせていました。

これは気管チューブが噛まれて閉塞しないようにする物です。

この頃、口をモゴモゴ動かしてそのブロックを口から押し出すのが問題になっていました。

テープで頑丈に固定しても、しばらくすると外れてしまいます。


脳の腫れ

減圧剤を1日4回から3回に減らしたが、頭の膨らみの反動はない様子。


体温

35.7~38.6℃


麻酔

イソゾール 3.0ml/h

ミタゾラム 1.5ml/h

フェンタニルの使用はなるべく避け、ミタゾラムを併用するとのこと。


起きてると口を動かすので、眠りを深くするためにイソゾールを早送りする事も…。


痙攣用薬剤「ノーベルバール」を投薬。



6月21日 【16日目】


相変わらず、バイトブロックを口から出そうとするのが問題。


体温

37.5℃前後


便

浣腸してお通じがあった。


麻酔

イソゾール 5.0~6.0ml/h

ミタゾラム 1.5ml/h



この日、容疑者が見つかったと警察から連絡がきました。


今後の事を考えると、

大型車と自転車の事故だったため、こちらは自分たちで弁護士を立てる必要がありました。

あらゆる親族を頼った結果、後日無事に弁護士さんを見つけることが出来ました。

この頃、私たちの生活リズムも少しは落ち着いてきました。


夜23時頃、家に着いて就寝。

朝4時半~5時に目が覚めて、6時には出発。


朝食は家で食べていましたが、冷蔵庫は空っぽで食パンと牛乳だけでした。

洗濯は、私の準備が遅いので夫がしてくれました。



6月17日 【12日目】


顔の腫れ

両頬はまだ赤く膨らんでいる。


体温

36.6~38.4℃。

6時間ごとに座薬(解熱剤)を使用。

冷却シートの温度設定が夜には15℃まで下げられた。

眠りが浅い時は震えていた。


栄養

ミルク60ml+白湯20mlをよく消化しているので、ミルク100mlに増量。

夕方、うんち出た。


麻酔

麻酔を使用して身体を動かさないようにし、脳を休めている状態。


リハビリ

親族が頻繁に手足のマッサージを行う。



6月18日 【13日目】


脳の腫れ

CT画像で腫れが引いてきたことを確認できた。

(それまでなかった脳のシワが見られるようになってきた。)


体温

37.0~38.4℃。

38℃代にならなければ大丈夫ということらしいが…。


栄養

ミルク100mlで継続。消化良好。


麻酔

ソルデム3A、30ml/h→20ml/hに変更。

フェンタニル、3.0ml/h→2.0ml/hに変更。

麻酔が続くと合併症(肺炎や肝臓の病気等)が懸念される。


チューブ

肺に通じるチューブは生体の抵抗があるため、通常2週間程が限度である。

麻酔が長期化するようであれば、身体に穴を開けて管を直接肺につなぐ手術も検討する。



主治医の先生にCT画像を見ながら説明していただきました。

脳の腫れが引いてきたということは、命は助かりつつあるという事でしょう。


しかし、頭の骨を戻すかどうかについて検討する時期はまだまだ先だという事でした。

つまり、植物状態や寝たきりになってしまう可能性もあり、その場合は手術のリスクを冒してまで頭蓋骨を元に戻す必要がないという事です。



凌は今は小さいので、どんな状態でも可愛い。

だけど、年月が経てば身体はどんどん大きくなり、介護の負担は増す。

私はそれに耐えられるの…?

それでも、凌を愛し続けることが出来るの…?


想像すればするほど怖くなって、考えないようにしていました。



この日、「アンパンマン」と「おかあさんといっしょ」のCDを購入しました。


意識がなくても耳は聞こえているといいます。

最期まで残るのは聴力だという話も。


大好きで何度も何度も聴いていたテレビの音楽が凌の耳や心にも届きますように…。

15日の早朝は、麻酔を強めてるようでよく眠っていました。



6月15日 【10日目】


チューブ

口をよく動かしてチューブを出したがる。

身体の中まで通ってるチューブに影響しそうなので良くない。


体温

37℃代で安定している。


麻酔

手をギュっとしたり自発呼吸をしようとするが、そうすると脳が覚醒してしまう。

今は脳への負担を減らしたいので、覚醒しないように麻酔を調整して眠らせている。



6月16日 【11日目】


脳の腫れ

(触診の結果)だいぶ引いてきた様子。


顔色

熱で顔が赤くなったり、マシになったりしている。


体温

36.3~38.6℃

座薬(解熱剤)と冷却で体温を調節している。

首横、脇下、お腹の上などに氷枕を置き、冷却シートは20~25℃設定。


栄養

夜になり、よく吸収し始めたとのこと。


麻酔

フェンタニル 2.0ml/h→3.0ml/hに変更された。

熱が下がれば麻酔を切ることが出来るのだが…。


リハビリ

少し前くらいから手足のリハビリを開始。

理学療法士の先生に教えてもらい、私たちが凌の手足の関節を動かして柔らかくしていた。

(手足の関節はずっと動かさないで放っておくと、硬くなってしまうらしい。)

気のせいか、リハビリ中は気持ちよさそうな表情をする。



事故後、警察とのやり取りは全て夫がやってくれました。

凌の事故は相手がひき逃げだったのですが、詳しい事はまだ分からないようでした。

当然ですが、警察は情報が確定しないとこちらに伝える事が出来ません。


今思い返すと、まだまだ辛い時期でした。

夜中、震えていたので麻酔を強くしたそうです。



6月14日 【9日目】


脳の腫れ

麻酔を強くしたため、脳の腫れはマシになっている。


まぶたを指で開けると、黒目が左右に揺れる。

片方にずっと偏っているよりは良いらしい。


咳がよく出ている。

肺の壁にへばりついてる痰も頑張って出しているようだ。

しかし、痰詰まりで呼吸が乱れることも…。


酸素

血液検査の結果、よく吸っているので問題なし。


体温

38.1~38.8℃

解熱剤(座薬)を度々入れている。

(約30分後から効いてくるケースが多い。)


栄養

4時、10時、16時、22時のペースで入れている。

よく吸収されている時とそうでない時とまちまちだった。

栄養を入れた2~3時間後に咳き込み、それが終わるとしばらく眠る。


鎮静剤(ミタゾラム)

昨夜は3ml/hで入れていたが、今朝は5ml/hに増えた。

(鎮静剤が効いてない時はガタガタ震え、頻繁に咳き込む。)



目を開けようとするので「つぶってていいよ」と言うとギュっとつぶる事が何度かありました。

気のせいだと思いますが、当時の私は「通じているのでは?」と感じていました。


麻酔や鎮静剤を落とすと(熱を下げるため冷やしているので)寒さで震えて眠れず、眠れないと体力が落ちてしまうので麻酔や鎮静剤を多く入れる…といった悪循環でした。

麻酔をかけ続けるとそれだけリスクを伴うので早く切りたいけれど、なかなかそうもいかない。


声かけや身体を触ると凌が起きてしまうようで、今はそれもやめることにしました。

この日の夜中は、ずっとブルブル震えていたようです。

冷却シートを20℃から30℃に変更して鎮静剤の量を増やすと、明け方眠り始めたそうです。



6月13日 【8日目】


意識
早朝、少し目を開けようとしていた。


昼間、目を開けようとした。

「開けなくていいよ」と言うと目をつぶったような気がした。

手をギュッと握ってくる。

口がムニュムニュ動く。時々笑っているようにも見える。


夜、目を開けようとしているが黒目がついてこない様子。

(黒目が外側を向いていると、脳が痙攣を起こしている可能性が高い。でも、痙攣を起こすという事は脳の機能が失われていないとも言える。)


肺の検査をした。(血液検査)

今は大丈夫とのこと。


血圧

80~125くらいで大幅にぶれる。

咳き込んだり、痰を吸引するといっきに上がる。


体温

朝37℃代だったのが、夜には38℃を超える。

熱を下げるために抗生剤を入れている。


栄養

昨夜の栄養が吸収されてないようなので、今朝は栄養を入れなかった。



この日は少しだけピクピクと動く様子が見られました。


麻酔が軽くなってきたせいか、すごい勢いで震える時がありました。

(寒くなくても、熱が上がれば身体は震えるそうですが…。)


凌の身体に少しでも反応が見られる事は、意思が通じているようで嬉しく感じました。

6月12日 【7日目】


出血

CTの結果、これから引いていくだろうとのこと。

病気ではないので、今後さらに出血することはまずない。


脳の腫れ

2日前より少し腫れている。

腫れのピークは、今かもう少し先くらいだと予測される。

(事故当初に衝撃を受けて腫れた部分はそろそろピークを越えるかもしれないが、その腫れが他の部分の腫れを引き起こして腫れの連鎖が起きるらしい。)


咳が出てきたので少しは痰も出てくるようになったが、まだまだ溜まっている。

身体の向きを変えつつチューブで吸い出す。

背中に溜まっているものはチューブが届かないので、自然と出るのを待つしかない。


血圧

夜、痰を吸引してから血圧が高い。(120~130くらい)


体温

38.2~38.5℃くらい。

解熱剤と冷却シートで対応。

(高熱は脳の腫れに悪影響なだけでなく、体力も奪われる。)


栄養

80ml(ミルク40/お白湯40)×4回


麻酔

麻酔が切れると…

 痙攣が起こりやすくなる。

 熱が出て、血圧も上がる。

 脳が活動するので、脳の腫れが強くなる。

(脳の腫れが治まってこないと、麻酔も減圧剤もなかなか減らしにくい。)



相変わらず、寒いようで震えていました。


意識のない凌によく話しかけていました。

ふと「声に反応する事で脳の圧が増すのでは?」と不安になり聞いてみた所、声はかけても問題ないという事でした。


病院側はCDラジカセを貸してくださり、凌が懐かしいと感じたり、安らぐような音楽をかけていました。

6月11日 【6日目】


相変わらず出にくいようだが、蒸気を入れて取り続けると今朝はたくさん出た。

痰切りの内服薬を服用。

痰が出るように、胸をゴロゴロ動かす機械も導入。


チューブ

痰詰まりや炎症による喉の腫れなどの圧迫で、肺につながるチューブの閉塞が懸念される。

(チューブが閉塞すると、肺に空気が送れず窒息する。)


体温

早朝、37.8℃くらいに上がっていた。

なんとか37℃代で留めている。

体温が上がると脳に良くないので、冷却シートや氷枕で身体の下や脇を冷やす。


栄養

栄養豊富なミルクのようなものとお白湯をチューブから入れている。

(最初は点滴で栄養を取っていたが、徐々にチューブで入れるように切り替えている。)

よく吸収されているので、回数も量も増やしている。

(昨日3食→今日4食、朝50ml→昼80ml)


麻酔

麻酔の種類を軽いものに変えた。

夜になり、麻酔が弱まってきたため咳をする(肩を動かす)ようになった。



どうしても熱が上がってくるので、すごい勢いで冷やしてました。

手足はタオルでくるんでいましたが、握るとすごく冷たくて切なくなりました。



私たちの生活は、夜中2時頃に家に帰り、朝7時頃に病院に行くという感じでした。

たとえ顔が見れなくても、凌の近くにいる事で安心できました。

本当は待合室にそんなに長い間いてはいけないのですが…。

病院側は私たちの気持ちを汲んでくださり、見て見ぬふりをしてくれていたのかもしれません。


家に帰って眠らなければと思うのですが、3時間くらい眠ると目が冴えて居ても立ってもいられなくなってしまうのです。

(普段7時間以上は寝ている私が…。)


食事は全てコンビニで済ませていました。


行き帰りはいつもタクシーを使っていたのですが、さすがに金銭的にも不安になってきたので、この頃から出来るだけ電車で通うようになりました。

徐々に、私たちは色んな事を先生や看護師さんに聞くようになりました。


以下はその内容ですが、私は医療に詳しくないのでそれが正しいかどうかは分かりません。

ご了承ください。



この日、先生から「長期戦になると思うので、お父さんお母さんも疲れをためないように」と告げられました。


「長期戦になる」

それは、私たちにとっては救いの言葉でした。



6月10日 【5日目】


今は命が最優先の時だが、それと共に合併症に気をつける事が必要である。


出血

CTの結果、脳内の出血は止まった。

(脳幹部分や脳梁の出血はCTでは判断できないので、落ち着いた時期にMRIを撮るとのこと。)


脳の腫れ

まだ腫れてくると予測されるが、皮膚の余裕がまだあるとのこと。

初めて脳を触らせてもらった。


顔の腫れ

昼過ぎ、まぶたの腫れが引いてきて黒目が確認できる状態になってきた。

(黒目に光を当てて瞳孔が開いてないか確認することで、命の危険を察知できるらしい。)

右目のまぶたは血がたまって青じんでいる。


自分で咳をして痰を出す事ができないので、重力で痰が背中側にたまっている。(上向きに寝ているため)

夜には、痰がつまって吸引のチューブも入らない状態だった。

2時間後、蒸気を入れて痰を取り続けるとやっと出てきた。


チューブ

唇や鼻など、ずっとチューブが当たってる箇所が炎症を起こし始めている。

(チューブの位置を変えたりして対応してくださった。)


体温

今は脳の圧迫を避けるため、身体を冷やして体温を低くしている。

麻酔が切れると寒さを感じブルブル震える。

そうすると、血圧や体温がまた上がってくる。


塩分

足りてないので点滴で補充開始。


麻酔

麻酔を長く続けるほど、合併症(肺炎など)になりやすい。

今後、麻酔を徐々に軽いものに変更していく。



夜になると血圧が低くなってきたり、熱が上がってきて心配しました。


チューブが何度も詰まり、看護師さんたちが頑張って痰を取ろうとしてくれたのですがなかなか取れなかったのを覚えています。


またこの後、麻酔を切ろうとすると身体が震えて熱が上がり、麻酔を切るまでにとても苦労した事も覚えています。



夫はこれまで仕事や趣味に多忙な人で、毎日夜中の0時を回ってから帰ってくるような生活でした。

会社に泊まり込むことも珍しくありませんでした。


そんな夫が、凌の事故から2~3週間は会社を休みました。

会社の方々にはものすごく良くしていただいて、会社を休むだけでも迷惑をかけているのに、忙しい中、千羽鶴まで折ってくださいました。


こんなに休んで今後の仕事に影響しないのかなど、これから先の生活に関しても色々と不安でした。