こんな話を誰にも出来ないのと、この気持ちを忘れないために書いておこうと思います



親が離婚してもう何年が経ったのか

詳しい年月はもう正直覚えてない
ただ、もう気付いたら10年以上は経ってるね


今どき離婚なんて大して珍しいことでもなんでもないけど
当時は本当にどうしていいか分からなかったなあ
反抗したくて学校にめちゃくちゃ遅れて行ったりしてたガキだね本当に
その当時見捨てなかった先生達には本当に感謝してる


話それたけど
私の父親は友達に人気でよく公園に行っては一緒に遊んでた遊んでくれた自慢の父でした
でもその反面怒らせたらよく手を上げる人で怖い存在ではあった
でも歳を重ねるにつれ外で発散出来ないものを持って帰ってきては壁に穴を開けたり、炊飯器ベコベコにしたり、冷蔵庫の向きが変な方向向いてたり、と、まあそんな感じになってきちゃったわけです
鬱になっちゃってたわけですね
それでも外では大好きな父親であり、こんなんでも私の父親で。
やっぱり、私はね嫌いにはなれなかったんですよ。



でもさすがに離婚直前くらいに後頭部何度もカカト落としくらった時は死ぬと思って母親に泣きながら電話したこともあったけど



離婚が決まって出ていく時、家族は誰もいない中おじいちゃんと見送った背中を当時なんて小さいんだろうって思った
もう会えないのかもしれないと思うと
涙が止まらなくて止まらなくて
忘れないでまおこうって思った


そんな父親のことを気付いたらみんなどんどん嫌いになってて、この泣いてたことすらも後でなんでって問い詰められた




本当にね
嫌いになれなかったけど、誰について行くって話が出てもおじいちゃんっ子だった私は母親について行くことにした
父親が嫌いとかでは無かったんだよな…
もう母親が父親のこと無理になりすぎてて本当に最後は家にいるの辛かった本当に



もし父親に着いて行ったらもうおじいちゃんと母親に会えないと思った
だから父親について行くっていう選択肢をどうしても選べなかった
離婚後に父親に会うあわないの話も怖くて、母親が言うようにした


その小さな背中を見送ったあと、私はもう今の今まで父親に会うことは無かった







そして昨日父親のお兄さんから留守電に折り返し下さいの連絡だけあって
母親は連絡出来なさそうだから私がした


嫌な予感しか無かったけど、その結果は私の予想を越えてた














父親が自殺した

なにそれ


連絡先が分からなかったからってことで連絡が今になってしまったけど
式はもう全部終わってるみたいで





私は鬱にはなったことがないから詳しくはわからないけど


毎日毎日死にたい死にたい死にたい辛い辛い辛い辛い辛いって思って
どうやって死ぬかとかそればっかり考えてたのかって思うとなんか涙が止まらなくて

なんて悲しい最後なんだって


少しでも力になれることがあったんじゃないかとか考えちゃう



決していい父親だったとは言えないし、普通は酷い父親だって思うだろうけど
それでも私の父親で嫌いにはなれないんだよね
時々元気かな~って思うけど逢いに行く勇気もなかった私が言えることではないけど


私が会ってたらこの結果が変えられたのかと言われるとそうでも無いと思うけど
でもどこかで生きている父親がこんな形で死んでしまうって

辛いよ




そんなこと考えてたら大好きなライブも行かずに家にいるっていう
母親が帰って来るまでには泣き止まないとな~




写真も全部捨てられ、父親から最後に貰ったプレゼントも捨てられ
私には形として残ってるものは何も無いけど






あなたがいたことは忘れない

どうであれあなたがいなかったら私はいなかったから





死ぬ前に少しでも私の事考えてくれたかな
そうだったらいいな





お父さんへ

お疲れ様でした
あなたにとってただただ辛い辛い人生だったかもしれないけど私はあなたの子供で良かったです
辛かった人生の中で少しでも私が生まれたことは良かったことの思い出になってるでしょうか

こんな、形で会いに行かなきゃいけないのが正直辛いです
自分で命を絶ってしまうことは決して良かったこととは言えないですが、あなたの気持ちが楽になれたのなら少しは報われる気がします
そんなになるまで苦しかったこと一緒に共有できなくてごめんなさい

次の人生では楽しく素敵でありますように
ただただそれだけを願っています

ゆっくり休んでね
おやすみなさい