普段、滅多なことでは来ることのない街をぶらぶらと歩くと、その街のまだ見たことのない魅力に気付かされて、良い所だなあとしみじみします。
奈良、いい街である…。
空は晴れ渡って、その時が近付くにつれて赤みを帯びていくその様は、穏やかに物語の始まりを告げているようでありました。
開演を知らせるアナウンスのあと、客席の間を横切り舞台へ、厳かな様相を示す中金堂を背に並ぶ夏川椎菜さんは、いつもとはまた違った雰囲気を纏いながら、またも新しい魅力を見せながら「奥さん」として、「お嬢さん」として言葉を紡ぎました。
何事をも見通すようでありながら優しく、気高く、時にえも言われぬ艶やかさを魅せる「奥さん」。
可憐で、鈴の音のようにコロコロと微笑う姿が美しい「お嬢さん」。
友人Kとお嬢さんの仲の良さそうな様子に嫉妬する先生の姿につよい共感を覚える。
若かりし頃の先生が極めて自己中心的な八つ当たりのもとにKを追い詰めた事を酷い奴だと思いつつも、だがしかし自分ならどうかと考えた時に同様の嫉妬をするだろうと思いました。
この物語における先生という人物の思想はファンタジーではないのです。現実離れしていないのです。
共感が私の『こゝろ』を揺さぶり、深く掻き混ぜ、頭をクラクラと揺らしていました。
先生は最愛の人を迎える事が出来たのに、あんなにも可憐で美しい女性と共に在れたのに、幸せにはなれなかったのだなぁと哀しい思いが残りました。
「お嬢さん」は何を想いながらそれまでを生きてきたのだろうか。
慌て先生の下へと駆け付けた「私」は何を見たのだろうか。
いつ迄も鳴り止まない拍手の中、照らされた興福寺中金堂の前の舞台に立つ声優達は神々しくも見えた。
この「奥さん」、「お嬢さん」という役は夏川さんだからこそ演じられているのだと思いました。
それくらいに埋もれていない人の生きた姿を感じました。
こんな引き出しがあるなんて知らなかった。
これこそ、「表現者 夏川椎菜」なのだと身が震えました。
ナンスの朗読、好きだなあ。
ナンスの舞台が観たいなあ。
これからは何を見せてくれるのだろう。
楽しみで仕方がない。
貴重な機会だったので観劇出来て本当に良かった。
これからもナンスの生み出す表現を追いかけていきたいと思える最高のひとときでした。
秋の始まる頃は一層ノスタルジーを感じ一日が終わることに恐れを抱きますが、また彼女に会える日を信じて日々を生きていくと致しましょう。
れいん
