触ったもの全てを黄金に変える能力を得ました。
しかし、
その能力ゆえ、
食べ物まで黄金になってしまい、
飢えに苦しみました。
とはいえ、
それならば黄金を家来に渡して、
食べ物を口に運んでもらえば
解決出来そうです。
もちろん、
家族にその仕事を
お願いしても良いかもしれません。
ところが、残念なことに、
走り寄ってきた一人娘までも
黄金に変えてしまいます。
娘を抱きしめることも出来ないのは
どうしようも無い苦悩でしょう。
さすがに、
授かった能力を悔みます。
(こちらは映画、シザーハンズ)
さて、これは物語ですが、
先日書いた、
社会規範と市場規範では、
社会規範に市場規範を持ち込むことで
失われるものについて
考察しました。
家族と金銭のやり取りは
もちろんしますが、
ミダスよろしく、
黄金に変えてはいけないことが
たくさんあるでしょう。
加えて、
社会規範に市場規範を持ち込めば
社会規範に戻ることは
出来ません。
一方、
社会規範が自分自身を
縛ることもあります。
例えば、
あなたが大幅に痩せると、
家族や友人、恋人は
どのような反応をするでしょうか?
「あれ、そんなに痩せてどうしたの?
何か病気?
ちゃんと食べてるの?
それでも、
失恋でもしたのかしら?」
こんな反応かどうかは一例として、
基本的には心配されます。
なぜなら、
我々は全て、
現状を維持しようとするからです。
社会規範の中で、
一度痩せたとしても、
自分も周りも、
どちらかと言えば危険な状態になったと
認識するでしょう。
何せ、現状を維持出来ない事態が
起きているわけです。
きっと、
ある程度の期間を経て、
全ては元通りとなるでしょう。
リバウンドですね。
維持すべき現状が
悪とされることだとしても、
現状が維持されるのであれば、
それは善です。
「bad guy」は
そんな曲かもしれません。
一方、
上記のような社会規範の中では、
難しいことも、
市場規範に移れば、
比較的簡単なことも
多いです。
例えば、ジムに行きます。
周囲は、
名前も知らない人たちですが、
それでも、
自分自身は、
トレーニングを目的とした集団の
一員となります。
痩せたり、
筋肉を付けるのが
当たり前の集団です。
そんな一員になる為の
加入条件は、
月額何千円でしょう。
これが、
市場規範の成せる技です。
筋肉を増やす事だけが、
施設を利用する事だけが、
ジムの機能では無いでしょう。
(お金で買えない価値がある。
買えるものは、マスターカードでw)
