やっぱ酔うしかないよねぇ -2ページ目

松本伊代Part1


アメンバー登録して下さった方々
フランス体験談
次回書きます。
すいません。
 
自分の親戚もヨーロッパに旅行に行ったら
不思議な体験をしたそうです(+ω+)
島国の日本とは違いヨーロッパは陸続きだし、歴史が古く違うから
魔物も残酷です。
自分だけが・・・
じゃなく
安心しました
(-^∪^-)
 
松本伊代さん
1981年10月21日
ビクターより
『センチメンタル・ジャーニー』
でデビュー。お楽しみは、これからPart2(臨時・仮設)-STIL0010.jpg
この楽曲は
オリコン最高位
9位ながら
長期間ベスト10入りして
花の82年組の中でも中森明菜さん
小泉今日子さん
は、別各としても(しばらくは二人よりデビュー曲の売上が凄すぎて、負けていませんでした)34万枚も売上
名実ともに代表作に。翌年82年
大ヒットの追い風を受け満を期して発売した第2弾『ラブ・ミー・テンダー』2月5日発売が
最高位11位
惜しくもベスト10入りならず。
しかし売上的には
16万枚と立派な成績。
第3弾
『テレビの国からキラキラ』
5月21日発売
この頃になると
【キューティー・マミー】で後にユニットを組む
早見優さん
掘ちえみさん
や石川秀美さんなどがデビューされて
伊代はタレントとしては売れていたけれど
レコード売上枚数は
下降してました。
13万枚。
これだけ売上ても
最高位15位。
続く
第4弾
『オトナじゃないの』8月5日発売
危機感を感じたビクターが
当時流行っていた
コンパクト型ジャケットに。レコード仕様にもお金をかけたりしたものの
最高16位。
11万枚の売上。
同期のデビュー間もない人達が上り坂なもんで 決して悪くない売上の伊代なんだけれど、都落ち感が・・・そんな時期
年末の新人ショーレースの大切な時期に発売された
第5弾
『抱きしめたい』
11月5日発売
久しぶりにベスト入り。最高位9位。
15万枚の売上。
下降線に歯止めが。
後に『バラードに強い伊代』と言われる実力を発揮。
 
翌年83年
3月3日発売
第6第
『チャイニーズ・キッス』発売
お楽しみは、これからPart2(臨時・仮設)-STIL0012.jpg最高位12位
10万枚。
 
第7弾
『太陽がいっぱい』
6月1日発売
最高位14位
12万枚。
この楽曲は
伊代がシングル曲にと押した楽曲。
ベスト10入りできず続く新曲には
一切口をはさめず
第8弾
『恋のバイオリズム』8月25日発売
最高位16位
10万枚。
レコード会社主体で戦略を練るも
どうしてもベスト10入りの壁は破れず
 
そんな時期
またしても1年前と同じく
バラード楽曲
第9弾『時に愛は』
お楽しみは、これからPart2(臨時・仮設)-STIL0017.jpg11月23日発売
最高位8位。
18万枚の売上に。
TBSでの主演ドラマ『私は負けない-ガンと戦う少女-』の主題歌。
当時リアルタイムで実演していた主演ミュージカルの主題歌など追い風があったものの
尾崎亜美さんとの相性が抜群に良く本作を含めまして4作連続リリース。
 
84年
第10弾
『恋のKNOW-HOW』
2月21日発売
最高位10位
9.4万枚
初めて2曲連続ベスト10入りするも
 
第11弾
『流れ星が好き』
5月25日発売
最高位24位
4.8万枚
 
第12弾
『シャイネス・ボーイ』
9月21発売
最高24位
4.4万枚
これまた経験した事のない売上と最高位。
起死回生にと
『シャイネス・ボーイ』から約一ヶ月
当時
ニャンニャン写真事件でスキャンダルの渦中にいた同じ事務所の後輩、高部知子さんの復帰ドラマ『転校少女Y』の主題歌。
第13弾
『ビリーウ"』
 
10月31日発売。
最高位11位。13.7万枚
惜しくもベスト10入りを逃すも
歌手として第一戦に復帰。
 
85年
第14弾
『あなたに帰りたい』3月5日発売
最高位16位
5万枚。
この頃になると
伊代も20歳に。
当時のアイドルは
このお年頃はアイドル卒業時期にちかずいている。
大人の歌手へと飛躍する 難しい時期。
 
企画盤
『あなたに帰りたい』の12インチレコード
『Dancin In The Heart』(あなたに帰りたい)『Believe』(ビリーウ")(Special・Dance・Mix)
6月5日発売
最高位40位
1.6万枚。
 
二十歳の記念楽曲
誕生日発売
6月21日発売。
第15弾
『ポニーテールは結ばない』
最高位21位
3.2万枚。
 
第16弾
『月下美人』
10月5日発売
最高位38位
1.6万枚。
 
伊代の歌手人生も ここまでかと思っていたら
 
86年
第17弾
『Last Kiss は頬にして』
2月21日発売
最高位9位
5.4万枚。
2年ぶりにベスト10入り。
事実上この楽曲がベスト10入り最後の楽曲に。
しかし
歌手としての方向性に迷走していたものの
作詞 川村真澄
作曲 林哲司
に出会い
大人の歌手に上手くシフトチェンジ成功!!(容量MAXのためPart2に続く)
 

MIE(未唯‐mie‐)

お楽しみは、これからPart2(臨時・仮設)-STIL0381.jpg
お楽しみは、これからPart2(臨時・仮設)-STIL0382.jpg
お楽しみは、これからPart2(臨時・仮設)-STIL0397.jpg
お楽しみは、これからPart2(臨時・仮設)-STIL0398.jpg
お楽しみは、これからPart2(臨時・仮設)-STIL0399.jpg
お楽しみは、これからPart2(臨時・仮設)-STIL0395.jpg
枚数的にはケイより
数多くシングルやアルバムをリリースしているけど
100位内にチャートインできたシングルは、少ないです。
『MIE』名義でビクターより
ソロデビュー。
『ブラームスはロックがお好き』
81年7月5日発売
確か最高位は50位代。
 
第2弾
『モア・モア』
82年1月21日発売 確か最高位は90位代。
 
第3弾
『コールガール‐夜明けのマリア‐』
9月2日発売
お楽しみは、これからPart2(臨時・仮設)-STIL0383.jpg初登場180位≫123位≫91位≫86位≫71位≫66位≫60位≫64位≫69位≫86位≫106位≫122位≫151位≫163位≫163位≫174位
 
第4弾
『窓辺から』
83年6月5日発売
 
第5弾
『シャンプー』
11月5日発売
 
CBS・ソニー移籍。第6弾
『NEVER』84年6月1日発売お楽しみは、これからPart2(臨時・仮設)-STIL0384.JPG初登場58位≫32位≫21位≫14位≫14位≫13位≫8位≫4位≫6位≫5位≫6位≫9位≫11位≫15位≫25位≫31位≫40位≫55位≫74位≫107位≫125位≫155位≫184位≫197位≫198位
 
第7弾
『灰とダイヤモンド』10月21日発売
お楽しみは、これからPart2(臨時・仮設)-STIL0385.JPG初登場165位≫80位≫90位≫96位≫120位≫138位≫143位≫148位≫156位≫166位≫177位
 
ピンク・レディー時代から
ソロデビュー後もビクターに残りライバルだった
阿木&宇崎 
山口百恵チームのプロデュースで再デビューするもヒットに恵まれず
松竹映画
『コールガール』や
写真集やグラビアで
ヌードを披露。
レコード会社を移籍して、ケイちゃんより遅れること3年。 
『NEVER』が27万枚のヒット曲に。
しかし
後が続かず 
『灰とダイヤモンド』を最後に100位内にチャートイン楽曲は無しです。 
 
第8弾
『鏡の中の女』
85年3月21日発売
第9弾
『Dreamer』
86年1月22日発売
第10弾
『昼顔恋話(ロマンス)』
4月21日発売
 
ポリドールレコード移籍。
第11弾
『いまが、choice』
88年4月25日発売
第12弾
『おとなどうし』
90年4月25日発売
第13弾
『ジンクス』
10月1日発売
 
第14弾
『平成粋女・艶男』
91年4月25日発売
第15弾
『キティとダンス』
(サンリオ)
94年3月21日発売 【企画物】
 
第16弾
『LOVE JAIL』 (ファンハウス)
95年11月25日発売
 
『アニメタル・レディー』名義でソニーミュージックより
『アニメタル・レディー参上!』
97年5月21日発売
『アニメタル・レディー見参!』
8月21日発売
 
アニメタル・レディーは二枚共100位内にチャートインしています。
 
『未唯』に仮名
未唯with XYZ→A
として
『NOBODY KNOWS BUT HEAVEN』
(XYZ→Aレーベル)
2001年11月29日発売
 
『未唯‐mie‐』に仮名
第17弾『SOAR-まだ見ぬ空へ』
(MHOレーベル)
2006年10月発売
20枚シングルをリリースして100位内チャートインは5曲(ソロとして)。 
増田惠子に比べて
未唯‐mie‐の方が 
ソロの時
硬い印象が。 
もう少しまろやかさが声質に欲しいかな。 
お二人とも 
二人そろって 
『ピンク・レディー』
になると
魅力が倍増して 
ピンク・レディーの声になります。
特にミーは 
近ごろソロでは
声が出てないし変な癖がついちゃった。
だんだんと山本リンダさん化してきたし(笑)。
そう考えると 
小柳ルミ子さんって立派だな。 
ただ派手なだけじゃなく 
品があってケバい。
これ以上
リンダさん化しないでね。 
ミーさん。
山本リンダさん。
好きですよ。 
馬鹿にしている訳では ありません
 
(≧v≦)
 
次回は 
松本伊代さん
シングル売上枚数を
 
 

増田惠子


整理してたら
昔・・・
オリコンを毎週買っていて
捨てる時に
気になってメモっていたのが見つかったので書き込みます。
 
増田けい子
『らせん階段』
(ワーナー・パイオニア) お楽しみは、これからPart2(臨時・仮設)-STIL0375.jpg初登場・95位
>70位>89位>113位>119位>132位>
153位>199位
 
仮名して
増田惠子
『女優』
(フォーライフ) お楽しみは、これからPart2(臨時・仮設)-STIL0374.jpg
初登場・98位>82位>72位>75位>76位>71時>58位> 69位>79位>93位>85位>111位>132位>147位>160位>164位
 
増田惠子
『FU・RI・NE』
(フォーライフ)
初登場・174位>89位>68位>70位>64位>63位>74位>85位>138位>154>165位>168位>187位
 
ケイ最大のヒットは
1981年11月28日発売。
ソロデビュー曲。
『すずめ』(ワーナ・パイオニア)お楽しみは、これからPart2(臨時・仮設)-STIL0377.jpg
最高位は確か9位。
でも
四週連続9位。
ピンク・レディー時代の
『ジパング』と同等の22枚の売上。
 
第2弾
『ためらい』
(ワーナ・パイオニア)
1982年6月12日発売
確か
最高位30位代にチャートインしたような。
第3弾
『らせん階段』
10月9日発売
 
第4弾
『女優』
1984年5月21日発売
 
第5弾
『FU・RI・NE』
8月21日発売
 
1989年
KEIKO
MASUDA名義で、
アルバム『Simples Confidence』フランス
デビュー。
国営放送出演。
アリシュで発表会。
 
日本では
『Kei』名義で
『哀色の印象-AVEC-LE-FEU-』(徳間ジャパン)
10月25日発売。
 
1990年
8月25発売。
『運命が変わる朝』(徳間ジャパン)
 
共に90位代には
確かランクイン。
 
唯一
2005年
12月7日発売
『奇跡の花』
(ユニバーサル・ミュージック)
100位内に
チャートインできず
120位代が最高位。
次回は
MIEを

お楽しみは、これからPart2(臨時・仮設)-STIL0373.jpg
お楽しみは、これからPart2(臨時・仮設)-STIL0378.jpg
お楽しみは、これからPart2(臨時・仮設)-STIL0376.jpg
お楽しみは、これからPart2(臨時・仮設)-STIL0379.jpg
お楽しみは、これからPart2(臨時・仮設)-STIL0380.jpg