衛藤議員の教育への必死の取り組み衛藤議員は、国会議員になる前の大分県議の時代に、日教組の違法な活動や癒着の問題を追及して、組合側と激しく対決しました。国会議員になってからは、当選五回以下の若手だけで集まって勉強しようということになり、「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」を結成、精力的に取り組みます。その時の幹事長が衛藤議員、そして事務局長が安倍総理(当時議員)でした。