スーちゃんこと田中好子さん、お亡くなりになりました。

謹んでお悔やみ申し上げます。


悔しいっすね。  

キャンディーズ解散後、女優として活躍して、映画でもTVでも、

いい味を確立してきたのに。


「黒い雨」でのあの純日本人的な乳房が思い浮かびます。

懐かしく、寄り添いたいような控えめでも安定したあの胸。


今こそ見直すべき映画です。

あの警鐘は結局活かされませんでした。

スーちゃん、きっとあなたの志を伝えていきます。


核は結局人間がコントロールすべきではないのだと。


どうか安らかに。


ネットで見た記事で、 水没した仙台空港の復旧に、自衛隊とともに

従事した米空軍353特殊部隊のロバート・トス司令の談話として、

作業を終えて立ち去るときに仙台海岸の砂浜の上に、木の幹を

並べた「ARIGATO」の文字を発見、感動した、というのを読みました。


ジーンときますね。  重ねてトス司令は、被災の悲劇にも負けず

復旧作業をおこなう皆さんの姿に、私のほうがありがとうと言いたい、

というコメントを残しております。


ACのラジオ版CMにもあるように、「ありがとう」と「おせっかい」の

境界は、あいまいで難しいです。

特に今は、相手の善意を受け入れるのも拒絶するのも自分の自由、

という「権利」のほうが、人間持ちつ持たれつ、善意を無にしてはやがて

自分の身にも同じことがふりかかるのだ、という「義理」や「義務」より

大事にされる風潮です。

私も震災後、「あなたからの善意はすべて廃棄した、もう二度とかまうな」

と言われた経緯があります。

それに至る事情はあるにしても、私の行為が100%正しかったとは言えない

としても、それは悲しいことでした。


もう、私の「もしかしたら間違ってたかもしれない善意」がその相手に向かう

ことは無いでしょう。

でも、見返りを求めてした行動じゃなくても、やっぱり相手からの「ありがとう」に

心は満たされます。

それが、どうにかして感謝を伝えたい、という気持ちからだったらなおさら。

今回そう思われなかった私の行動は、やっぱり間違っていたのでしょう。


私は人にしてもらったことに対して、心から「ありがとう」を返しているか?

まずはそこから見つめなおす必要がありそうですね。


しかし、米空軍353特殊部隊の方々が感じたように、「ARIGATO」に

国境はありません。 

それが今回の震災で救いに思う一番の実感です。





冷凍庫に、以前クレープで使った残りのそば粉がかなり長い時間

眠っておりました。

スーパーなどで市販のそば粉は乾燥しすぎてそば打ちには向かない、

というのが定説ですが、私、実際に失敗して打ちのめされないと

なかなか学習できない体質なので、初めてですが、トライしました。

以下、その顛末を。

成功する予感はまったくなかったので、写真などは撮りませんでした。


八二と言われるようにそば粉8:小麦粉2が打ちやすい割合とされてまが、

安全策で7:3にしてみました。   水は45%。

そば粉にはグルテンがほとんど含まれないのでまとまりにくいのですが、

水分が決まり生地がまとまり始めるとうどん生地より楽に練り上げられます。


表面がツルっと滑らかになったら、すぐ延ばし始められるんです。

しかし相変わらず麺棒のコツが不得手で、実際どんな形に延し上げれば

理想的なのかもわからず、まあ、自分なりに。


折りたたんで切るのも粘り気がない分うどんより切りやすい、と思ったら

最初はいいのですが、半分あたりで生地が乾燥してきて、これがブチ切れ

の原因になります。    やばいやばい。

しかもカーブの付いている普通の牛刀では生地にまっすぐ刃が入らず、

この作業だけは当て板とそば切り包丁が絶対必要、と感じます。

(ひそかにパスタマシーンを買おうという決心は伏せておきます)

ああ、もうちょっと細く切りたかったなあ・・・・


「冷やしかけ」でいただき、薬味はねぎと海苔だけでしたが、やっぱり

太過ぎ、麺の長さもまちまち、小麦粉が多い分グルテン強すぎ、と

なんとも残念な結果になってしまいましたが、なんとかみんなには

美味しいと言ってもらえました。    アリガト・・・

しかし、粉にもこだわり、自由自在に打てるようになったら、と思うと

ワクワクします。

あ、どうやらそば打ち道楽にドップリはまりそうな予感・・・


これ以上趣味増やしてどうすんだよー!