小説家になりたい戯言

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この前、容疑者Xの献身がテレビでやってたじゃないですか。


それをみてなんともいいようのない感じになったんですよ。



すごい感動した映画とか、本とかみるといつもそう。


その感動をどうにか形にしたくて、たくさんの言葉をどこかに書きたくなる。
そんな感じです。


Twitterにながながと書いたんだけど、Twitterはいつか消えてしまうから、
ここにまとめておこうと思ったわけです。




容疑者Xの献身を見て。私はちょっとだけ東野圭吾読んで、あ、この人の苦手だって判断したけど、これは秀逸すぎる。
私の知能が低いとか価値観がおかしいだけかもしれないからこの評価は受け流して欲しい。でもここに書き留めておきたいからこうする。
人間臭さが出てる気がして、そのジレンマにどうしたらいいのかわからない人々に引き込まれて。どうしようもない愛情と友情と。歪んでしまった愛情と友情と。それが綺麗に曲線を描いて混ざり合って、切なさを引き出す。どうしてそうならればならないのか。それしか方法がないからなんだ。
そんな、どうしようもないことをもがき苦しむ人間が、人間臭い。そんな小説をかける東野圭吾は、すごい。そんな人には私はなれない。あれはきっとほかの世界の住人なんだ。
例えば作家の世界の人とか、野球の世界の人とか。生まれ持ってそこに住んでる人もいれば、努力でそこに移住する人もいる。でもどうやったってそこに住む手段がない人がいる。きっとそれは私である。私は東野圭吾や村上春樹やげんふうけいの人の書くような小説は書けない。
でもその人たちは一般の世界に住めないから、(努力で移住した人は住んでたけど)一般の人しか書けない小説が生まれる。ありきたりで、凡庸で。きっとどこにでもある小説。でもそれがどこかの誰かの目に止まったとして、それがどうしても好きだと言われたとして。
私はそれでいいんだ。一人が好きでいてくれればそれでいいんだ。欲を言えばたくさん愛されたいけれど。それは私の世界では到底無理な気がして。もしその人が気に入ってくれたとして。私はその人のために頑張るわけで。私はその人の幸せの一部になるわけで。
それが幸せなんです。誰かの幸せの一部になれたら幸せなんです。間違った見解もしれないし、言ってることはわからないけど、何が言いたいかっていうとあれだ。容疑者Xの献身はすごい。


書きたいことまとまってないけど、まーいーや←