父・隆一の35日を無事に執り行いました。

家族のみでの法要にさせていただきしたこと、事後報告ではありますがここにお知らせをさせていただきます。


墓所がまだ決まっておらず、落ち着き先がきまりましたらまたご報告をさせていただきます。


法要を済ませ、いったん一緒に帰宅です。お墓って高額なんですね。驚きました。


いろいろな方から、メールなどお悔やみをいただ きまして本当にありがとうございます。


私ども家族の知らない父の人生のある時間を知れることが切なくもあり、喜びでもあります。


なかなか、心が切り替わりませんが、まつわる雑事に家族で追われています。


それぞれの仕事の都合上にあり、前倒しとなりましたが、35日法要が無事に済みすこし、心が落ち着いた気もします。



お父さんが逝ってしまうというのは、やはり寂しく悲しいです。

こんなに悲しいとは思っていもみませんでした。


まいにち何かしら、まつわる何かを思い出し、ぼんやりしています。

「渡辺隆一バツイチ3人子持ちの世界」をご愛読いただきました皆様へ。


享年渡辺隆一66歳

2009年2月5日、午前3:30、杉並区和田のブース記念病院にて、すい臓癌のため他界いたしました。


生前、お世話になりました皆様に、本人に代わり心からお礼申し上げます。


たくさんの方に病院を訪れていただき、励ましのお言葉をいただき、お付き合いをくだだきまして、

本当にありがとうございました。


父はこのブログに日々のことを綴ることをとても楽しんでおりました。

携帯電話でのメールのやり取りや、インターネットを操ることで、父の世界は広がり、

生きがいのひとつとなっていいたように思います。


入院してからも携帯とノート型のPCを必ず自分の側に置いておりました。

たくさんの方からコメントをいただきまして、本当に喜んでいました。


2月4日の66歳の誕生日を迎える事ができました。

病院の皆様にお祝いをしていただき、家族も集まり、父はとても喜んでいました。


その日はたくさんの笑顔を見せてくれていましので、その夜の様態の急変はとても驚きましたが、

父らしく、意思的にその日に逝ったのではないかと考えるのですが、もっと長く生きていたいと思っていたのではないかと思いもします。


通夜を2月6日、告別式を翌7日に調布総合斎場におきまして執り行わせていただきました。

生前にお世話になりました皆様へのご連絡が不十分となってしまいましたことを、ここにお詫び申し上げますとともに、駆けつけていただきました皆様へ重ね重ねお礼申し上げます。


父はたくさんの方々に支えられていていたのだと、とてもとても、感謝をしています。


皆様のおかげさまで、役不足、力不足ではありましたが、子供達もどうにか父を見送ることができました。


その後のご報告など、またこちらにてお知らせさえていただきたいと考えております。


せっかく父が書き溜めていた日々の言葉をしばらくの間はこのままにさせていただきたいと考えております。


何か、ご連絡などございましたら、当ブログサイトからメールをいただきますか、

下記連絡先までご連絡いただけましたら幸いです。


家族・親族一同


代表 長女・渡辺真起子 info@watanabemakiko.com


本当にありがとうございました。

。そしたら、最後今日は、ビックリするほどの、美人の、訪問者の、おとずれで、わが、ブースホスピス病棟は、にぎわった。ラウンジで、一人、水を、飲んでいたら、まず、サポMEWのかの子、山田、夫人の訪れで、ビックリした。事前に、連絡した、そうだが、今日は、水曜日で、勤務外で、おそらく、私は、予想外、と、思っていたろう、といたらしい。そのとうりだった。まあ、ここのとこ、いろいろ、立て込んでいる。まずは、中沢先生の、予言どうり、美恵子さん、が、友恵を、先導して、2.3.かい、私をおとずれた。今日は、それから、真起子、親友、の、ゆえ、が、私を、訪れて、私を喜ばせた。いよいよ、私も、最後かなあーとも、考える。まあ、6回の、ラウンジで、秋田の名物、ハタハタと、いわうる、しょっつる鍋といなにわうどんでにぎやかに、やりたいなー、と思った。精が、つく、かな、とおもったに、寝てる間に、代々木の、看護婦さん、が、訪れて、野菜ジュースう置いていった。
作日、は、又、お風呂に、はいった。午後、おもいが けない、訪問が、あった。この、ブース近所に、顔見知りの、まえの、代々木病院の、看護婦さんが住んでいたのだ。石井さんも古い、代々木病院の、看護婦さんだった。この近くで、ブースの、バザーがあるそうだ。今日は、かってお楽しみのいなにはうどん、と、ハタハタのしょっつるなべがお昼に開催された。秋田生まれの看護士が、いて、ラウンジは、なべとうどんで、秋田、の香プンプンと漂った。まえに、私が、秋田の大学での学会で覚えた、味だ。日本は、いろいろな、郷土の味がふんだんにあり、楽しいものだ。ブログの読者の皆さん、このブースに来ると、これが、味わえて、楽しいですよー
宴会の、出来る、病院。前に、代々木病院にいたころ、ホスピスでは、酒も飲める。と、いわれたものだが、ここ、ブースでは、アルコールどころか、宴会も出来た。まことに、楽しかった。今日は、準備も手間、もあったが、山海の珍味、サンシンとか、ギターとか、歌、綺麗どころの、登場に、ウットリ立った。珍味は、沖縄フアンのショップの買出しで、海葡萄、ミミンガー、島ラッキョウ、を、つまんでいたら、途中から、名護屋、さんの、差し入れで、これまた、山海の珍味、盛りだくさんだ。三鷹市会議員、大城さんが、モズクの天ぷらを、お重に、まだ、温かいのを、詰めてきた。病棟は、沖縄、デーで、盛り上がった。オトトット、その前に、サポMEWの、山口かの子美人所長の、登場も忘れて、は、いけない。高級白ワインも、半分カラにした。
看護士のサンシンと歌は、最高だった。テレビで、浮かんだ、生がきと白ワインから、楽しい、宴会も生まれる。今日は、あまり、悪酔いもしなかったなー。外の部屋の、メンバーも、介助つきで、歌とサンシンを楽しみ、ラウンジは、一大イベントと、化した。これわ、一生に、一度、の、楽しさだ。大城さんも、別れを惜しみ、最後にもらった沖縄みかんが、甘酸っぱくて、おいしかた。
今日は、昔の、三鷹の、闘争仲間、野口さんが、長年の、義理を、守って、久々に、姿を現した。午前中は、今日は、リハビリをして、歩行器で、動いた。午後、風呂に入り、ゆったりと温泉気分になって、横になって、ユックリ布団をかけて、いたら、彼、が現われた。地区委員長と、相談して、僕が、本が好きなので、これがいいだろう、いって、笠井亮議員の、地球温暖化、対策の興味深い本、と、パンフを、彼らしく、届けてくれた。すこし、そのまま雑談して、又、外の、庭園に車椅子で出た。何といっても外の、空気は、見晴らしも良くて、ほっとする。それから、東京タワーを見て、ラウンジに、入り、コーヒーを飲んでももらって、部屋に戻り、後で地区委員長に、言わせると、私が、離さないというが、別れ、を惜しみ、再会を約した。後は、明日、の沖縄の宴会を準備して、休む。
今日は、連休、最後の日。昨夜は、遅くまで、テレビを、見た。そして、朝、4時半に起きた。看護婦さんは、寝てるの?と、心配したが。昼間、うたたねをしている。病院の中も、艶やかな振袖姿が、チラチラみれる。成人のひなのだ。朝は、早くに起きて、タバコにつれてけ、と、忙しい看護婦さんを困らせた。でも、私の、ブログは、」ここの病院でも、結構話題になっている。音楽といい、ブログといい、若いわねといわれる。ひととようの、ハナミズキがフアンが多かった。」これだけ、ブログがかけると、体力が、衰えていないことの、証だ。お昼は、遅く、うどんを食べた。話の中で、下北沢のライブハウス、ビックマウスに飲みにいこう、ともりあがった。民ちゃんの歌っている、ライブハウスだが、看護婦さんの中にも、そこの常連がいるとのこと。私も連れてけ、とつめられている。そこいらで、ひととようと会った看護婦さんもいた。
今日は、うれしいことが、いっぱい、あった。お餅と、パンだが、よく、食べられし、訪問者がたくさん。昼食後、タバコを、すいに行こうとしたら、素敵な美人がニコニコわらいながら、現われた。前の代々木病院の、薬剤師さん、玉置さんだ。それでも、これから、お台場でひとと会う途中だそうだ。でも、うれしい、二人で、コヒーを飲み、今の、ブースの治療方針について、話したら、羨ましがってた。痛み止めの指している針をみせてくれなどという。決まったように、写真を撮って、やがて、帰っていった。しばらくしたら、内藤の叔母、と久義君がそろって、現われた。三人でイチゴをたべ、叔母が持ってきた、羊羹を突っつき、庭園に出て、景色を眺めた。叔母も、羨ましがっていた。みんな、いいとこだねー。と、絶賛するんぽだ。もっとたべらるようして、体力も鍛え、太りたいものだ。やがて、ふたりも、帰った。それにしても、この世にも、天国があるのだなーと思う。
もう、正月、の、三が日、から、大分、日が過ぎた。今日からは、連休の、真っ只中。こっちが、ブログの、更新を、しないで、コメント、のおねだりするのも、あつかましい話しだ。きょうブログを、開いたら、懐かしい、サポMEW時代の、僕の、コメンテイター千鳥さんから、久しぶりの、コメントがあった。ブースに代々木病院から、移ったのちゃんとつかんといて、恐れ入った。やっぱりブログを生きている証で、つけているものだ。今日、は、娘が、かって来てくれた、ハナミズキのひととようのCDをあさからまわして、看護婦さんと長生き談義をした。前の、私の、主治医の予想では、私は、昨年の7月ごろには、とっくに、この世にいないはずだった。今年に入って」、大好きな、前の主治医大野先生に、電話したら、よく生きているなーと喜んでくれた。みんな、私が、元気で、生きているのを、喜んでくれている。親子の情、友達の、友情、この世に悪いひとは、いないうなーとツクズク思う。今日は、内藤の叔母、が、久義君と、午後、来るという。作日は、長女と、長男が、ニコニコ笑いながら、やってきた。やはり、櫻の花が咲き、初夏の、日差しを見て、幸せに、包まれて、息子の、嫁、の顔を見たいものだ。よく、私の、歳を言うと、お孫さんは幾つと聞かれるのだ
正月三が日も、あっという間に、過ぎた。大晦日は、紅白を聞いて、看護婦さん、二人と、楽しんだ。大好きな、人とようや、たけし、のずんどこぶしで、おおはしゃぎした。よく、。元旦は、初日の出を拝んで、ビールと御節をぱくついた。よく、二日、は、子供三人と、じーくんもきて、お餅で堪能した。その日は、いとこの平らちゃんもきた。りんご、とご馳走をもってきた。なんといっても、身内は、ありがたい。いい天気に、すんだ、夜空、良い空気で、お風呂も入り、病院生活も、これが、病院かと思うばかりだ。