いて座の中にひとり、うお座だった。
だからなのか家族の空気感は、理想や正義、考えることが前に出て、
感情はいつも後回しだった。
泣くよりも、考える。
感じるよりも、納得する。
そんなふうに、
感情よりも「正義」を大切にする空気の中で育った。
それが悪かったわけじゃない。
ただ、私のうお座の感情や共感は、
ずっと静かに悲しみの中に置いていかれていた気がする。
一方で、
夫の実家は、水の星が多い家族。
さそり座、かに座。
感情が自然に流れていて、
つながりや情が、空気の中に溶けている。
その違いを、私ははっきりと感じた。
どちらが正しいとか、
どちらが幸せとかじゃなくて、
ただ、
温度が違った。
そして私は、
その温度の中に入れない自分を見て、
少しずつ、静かに傷ついていた。
羨ましかった。
妬ましかった。
悲しかった。
でもそれは、
誰かを責めたい気持ちじゃなくて、
「私も、ああいう家族の中で育ちたかった」
という、
とても素直で、やさしい願いだった。
憧れを目の前で見て、
そこに入れない自分も同時に見てしまった。
それが、
私をいちばん苦しくしていた。
でも最近、やっと分かった。
私は、義実家に馴染めなかったのではなく、
私が憧れていた家族の景色を、そこに見てしまって、
傷ついていた子どもの頃の私の感情が、浮上してただけだった。
そう気づいたとき、
胸がきゅっとして、涙が出た。
責める気持ちも、
否定する気持ちもなくて、
ただ、
「ああ、そうだったんだね」
と、自分に言ってあげられた。
いて座の世界で育った、うお座の私。
どちらも私で、
どちらも大切で、
そして今、
その両方を抱えられる場所に、
私はやっと立てている気がする。