毎年夏になると思い出すのが高校生の頃の夏休み。
夏休みだけじゃなくてその前後のいわゆるサマータイム全般を思い出すのだけど、それらは全部まだ二十代の自分の記憶の彼方にある。
些細ことでも意識が一箇所に留まり、小学生が登下校時に道端の石粒が気になって真っ直ぐに歩けないように集中して勉強に専念することなど出来なかった。(しなかった)
高校生の頃は音楽を漁ることに夢中になり、それで夢想し、抽象芸術である音楽を粒子化してその他の興味のある分野で感じた興奮と通底する所を探した。
夏のムシムシとした夜を感じる曲を聴きながら、その曲の雰囲気にマッチした時間と気候にシチュエーション通りの場所にわざわざ出向いて悦に浸っていたりもした。
学校の先輩が外に遊びに出て行くことが早かったこともあり、高校生の時分で平日に夜遊びをして朝シャワーを浴びて学校に行くなどしていたけど、親には高校に通っていた3年間は不思議と黙認されていたように思う。
その頃は自分は黙って大学に進学するものだと思っていたので、クラスの受験組の子たちが参考書を大量に鞄に詰めて学校帰りに塾や予備校に行っていることも知っていても自分の日常とは全く交差しなかったし、今思えばあの頃すでに精神的に小学生以降のクラスという枠組みを超えて個々が独立して進路を決めて行くのだということに自覚的になったようなフシがある。私にはこういう、当たり前の、成長過程での通過儀礼的な人々の意識の変容にやたらとセンチな所があり、自覚がありながらもそれに悩まされることがある。
夏の夜、特に真夜中になると脳に静かに麻薬が落ちてくる。
嗅覚と感情が同期し、身体の奥底と皮膚が感じている外気とが共鳴し合い、熱く静かに高まる。
全ては記憶を頼りに文字に起こしただけで、今の私にそれを感じる感覚や感性が備わっていないのは残念で仕方がない。
夜中に何か懐かしい気持ちがぶり返してもいいことはない。