理解を求めるなら
まず理解をしてあげること。
これは基本中の基本であって
それが出来ないのなら相手に対して理解を求めてはならない。
ある先生が言っていた。
理解するということは、相手と自分の価値観の違いを
理解するということだ。
本当にその通りだと思う。
自分はその価値観を曲げてまで
相手の価値観を理解してきた。
それでも相手はもっともっとと理解を求める。
自分にも譲れない大切な価値観がある。
それを捻じ曲げてしまえば自分がなくなるという価値観だ。
だからそこは違うのではないかと
悪いとこだよとこちらが教えようとしても
人を見下して生きている人間には
すべて反対に捉えられてしまう。
自分を否定しているとしか捉えてもらえない。
人間はみな、自分が1番大事というが
自己防衛があるからだと思う。
それをしないと自分を失って
保てなくなるからだ。
それでも自分以外の人を本当に愛していれば
自分よりも大事にすることもあるのが事実。
とても文章にして簡潔にまとめることは難しい内容だ。
ここで言いたいのは
相手が出来てないから自分もしないではなく。
理解してほしいと望むなら
望んだのなら
自分がまず理解するということだ。
本当に愛していればそれは
言われなくても出来ることであり
もし、言われてしまったのなら寄り添って理解を
示したらいいと思う。
それが欠けている人間にはどうしたら伝わるのだろうと
いつも頭を抱えてしまうのが現実なのだが…。
本当に相手を理解するのは
相手によって難しくて頭が痛くなる…。