ロシアはビジネスチャンスが広がる無限の大地

ロシアはビジネスチャンスが広がる無限の大地

私のロシアビジネス回想録をはじめ、ロシアという国を理解するための様々な情報を集めてみました



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ようこそお立ち寄りいただきありがとうございます


このブログは、私のもう一つのブログである、2006年に開設した「ロシアビジネス成功のヒント」の姉妹ブログとして立ち上げました。「ロシアビジネス成功のヒント」は、これまで120万を超えるアクセスをいただいているブログです。
Googleでロシアビジネスと検索すれば、1750万件のヒット数がありますが、「ロシアビジネス成功のヒント」は、常にトップページの上位にヒットされるブログに成長させていただきました。

実はここ数年、先のブログは更新されないまま今日に至っています。
私自身、もう少し克明に書き残しておかなければいけないものがあるような気持ちを、いつ頃からか抱くようになり、悶々とした年月を過ごしてきました。
克明に書き残すとなると、多くの人物や、企業との関係も出てきます。それを実名で上げることは憚られることが、私を躊躇させる大きな原因でもありました。

しかし、自分の歩んできた道を、記憶が薄れないうちに書き残しておきたいという気持ちが募り、いろいろ考えた末に「回顧録風」にして記録し、登場人物や、企業名は仮名で処理していけばいいのではないかと思いいたりました。

このブログの記事の構成は、回顧録、ロシア関連のニュース、ロシア情報等多岐にわたると思いますが、それらの中から、ロシアビジネス成功のヒントとして引き出せるものが提供できれば、幸いとするところです。

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飛行機が駐機場に入り、そのうるさかったエンジンを切ると、機内は静けさを取り戻し、手荷物を持って出口の方に向かおうと歩き始めると、CAに席に座っているように促されました。

窓外に目をやると、軍服を着たいかめしい顔つきの人間たちが、タラップの周りに7~8名集まってきています。

横で森田氏が、「何度来てもこれからが一番緊張する時なんですよ」とつぶやいた。

その森田氏の言葉と、機外の物々しい出迎えを見ると、なにか息の詰まるような緊張感がこみ上げてきました。

間もなくすると、CAが出ろという仕草をしたので、出口に向かうと、CAとは明らかに違う軍服姿の鋭い目つきの男が機内に乗り込んできて、乗客一人ひとりのパスポートの提示を求め、チェックが済むとようやく機外に出ることが許されました。

タラップを降りていくと、下にはやはり数名の軍服姿の人間たちが、鋭い目つきで一人ひとりをチェックしているように見えます。

まるで、映画で見る、囚人の護送をされているような雰囲気です。

地上に降りると、空港の建物までは徒歩で向かわなければなりません、途中写真を撮ろうとした乗客が、撮影するなと大きな声で制止され、あわててカメラを仕舞い込んでいました。



乗客は7名だけと少ないので、入港審査カウンターには一番後ろに並びましたが、あっという間に順番が回ってきて、森田氏に言われたようにパスポートと入国管理カードを差し出しました。

入国審査官は20代後半~30代の女性で、なかなかの美人だなと見ていると、鋭い目つきで私の顔とパスポートを見比べ、パソコンに何やらデータを打ち込み、パスポートにスタンプを押すと、無愛想にパスポートを戻してくれました。

 

入国審査が済むと、次は機内に預けた手荷物を受け取るのですが、これがまたなかなか出てきません。

手荷物を載せるターンテーブルはあるのですが、荷物が出てくるトンネルがなく、どこから荷物が出てくるのだろうと、森田氏に聞くと、トラックで機内から荷物を運んでくると、窓が開けられ、その窓からローラーを伝って、ターンテーブルの上に投げてくるんですよと聞かされ、これは国際空港なんだよねと、森田氏に笑いながら確認をとると、森田氏は「これがロシアなんですよ」と手を広げ、ようこそロシアへという仕草をしてくれた。

200185日の札幌は快晴でした。

 

午前8時に森田氏と約束通り、新千歳空港の国際線出発ロビーに行くと、森田氏はすでに到着していて、私を待ってくれていました。

 

サハリン航空のカウンターで搭乗手続きを済ませ、一緒に見送りに来てくれていた妻に「では行ってくるね」と別れを告げると、妻は「元気で行ってらっしゃい」と笑顔で見送ってくれましたが、実はこの時、12月に出産を控えていたので、内心は心配であったと思います。

 

私も、そんな妻を置いてロシアという国に行くのに、後ろ髪をひかれる思いの旅立ちでした。

 

 

 

出国手続きを済ませ、搭乗待合室に入ると、私たちの他に5名ほどの搭乗客しかおらず、免税店も開店休業のような状態です。

 

なにかのためにと思って、私は免税店でいくつかのお土産になるようなものを買っていると、ほどなく搭乗手続きが始まりました。

 

搭乗機まではバスで行くのですが、やはり乗客は私たちを含め、全部で7名しかいません、この乗客の少なさは、ロシアへの不安を一層掻き立てます。

 

サハリン航空の駐機場は、空港の一番はずれにあり、バスの車窓から見えてきた搭乗機は、何とも古めかしいプロペラ機です。





 

機内に入ると、各席の前後の間隔がまちまちで、足を延ばしても前の席に届かないくらい離れている席もあれば、膝が当たりそうに極端に狭い座席もあります。

 

森田氏が、「ボーディングカードに記載されている座席番号なんか関係ないから、好きな場所に座って大丈夫ですよ」というので、私と森田氏は、座席間の広いところを選び座ることにしました。

 

ビニール製と思われるシートは、へたっていて、座り心地もあまりいいとは言えません。機内の壁は、何とベニヤ板を張っているような壁で、貨物の輸送機か軍用機ではないかと思えるような粗末な客室に、早くも私の心の中には暗雲が立ち込めてきました。

 

離陸するときになると、エンジンの轟音が室内になり響き、CAがなにか機内案内をしていてもその声が満足に聞こえないくらいうるさいのです。室内はミシミシと鳴り始め、思わず手に汗を握っていました。

 

 

 

サハリンまでは1時間弱のフライトですが、離陸すると間もなく、CAから機内食が配られました。この機内食は日本のホテルが調理したものですが、これまでいろいろな飛行機に乗ったことがありますが、1時間弱のフライトで機内食が出たのは初めてのことです。

 

機内食を食べ終わり、窓外に目をやると、眼下にはサハリンの島影が見えてきました。

 

CAが機内食を片づけ始めると、税関申告書と入国管理カードを配り始めたので、記入しようと書類に目をやると、すべてロシア語で書かれているので、なにがなんだかさっぱりわからないでいると、森田氏が私の分も書いてくれました。

 

これは森田氏が一緒にいなかったら、一人では大変だったなとあらためて、森田氏の同行に感謝しました。

 

 

 

森田氏が二人分の書類を書き終える頃には、飛行機は高度を下げながら旋回を始めていたのですが、突然、飛行機がバランスを失ったようにものすごい速度で斜めに落下していく恐怖に襲われました。

 

みるみる地上が眼前に迫ってくるのです、ほかの乗客も「アー堕ちる!」と叫んでいたので、もう駄目かなと覚悟を決めかけていると、飛行機は必死にバランスを立て直し、何事もなかったように着陸態勢に入り、無事滑走路に滑り込んでいきました。




サハリンの北海道ビジネスセンターから、ビザ取得のための招待状もそろい、航空券やホテルの手配を札幌の旅行代理店「ノマド」に依頼をする段階になって、急に山川社長から「一人でロシアに行ってくれないだろうか」と言いだされ、私は困惑してしまった。

 

今になってなぜ?と思っていると、山川社長は「どうしても外せない仕事が入った」というのが、その理由でした。

 

それなら、その仕事が終わるまでロシア行きを延期した方がいいのでは、と言うと、ビザの期間が1カ月しかないのでどうしても山川社長が一緒に行くことは無理だということで、私の胸のなかは急に不安で一杯になってきました。

 

私が一人でロシアに行ったところで、水産業界のこともろくに知らない素人同然の私が、一体ロシアで何をすればいいのか、山川社長に聞くと。

 

「とにかくロシア国内を旅行でもなんでも、好きなことをやってくれたらいいんです」という山川社長の言葉に、私は余計に困惑をしてきました。

 

私にしてみれば、私自身が一人でロシアに行く明確な目的が見えてこないのは不安なことです。

 

すると山川社長はその真の目的を話し始めました。

 

それは、これまで何度もロシアに足を運んだ結果、ロシアという国がどんな国なのか益々解らなくなってきており、ロシア人がどんな人間なのか、まったく掴みどころがなく、わからなくなっている、この業界の素人であり、ロシアについても全く知らない私の眼には、ロシアがどのように映るのだろうか、それが知りたいということです。

 

そして、私から見たロシアの結果によっては、ロシアとの直接取引の夢はスッパリと諦める、そういう覚悟で私にロシア行きを頼んできたというのが、山川社長の本音でした。

 

だからロシアに行ったら、私が思うことを何でもして、私なりにロシアという国を見極めて欲しいということなのです。

 

 

 

それと、もしできるなら、稚内の渡瀬を介してエレーナという女性を訪ね、状況がどうなっているのか聞いてほしいということと、根室の山中に紹介され、400万を融通したスラヴァにも会ってきてほしいという頼みだった。

 

 

 

ロシア行きが85日に決まり、その1週間前に山川社長と急遽小樽に行くことになりました。

 

それは、ロシアに行ったら右も左もわからない私を心配になった山川社長は、思いついたように、小樽でロシア人相手に電化製品を販売している森田という人に会いに行くためでした。

 

その森田氏に私を引き合わせた山川社長は、一緒にサハリンに行ってやってもらえないだろうかと頼み込んだのです。

 

森田氏も急に言われて困惑した様子でしたが、森田氏はいつでもロシアに行けるビザを持っており、ロシア語も多少理解できることと、ロシアから民芸品などを輸入していることもあり、その仕入れ等もあるので時間をかけずに了解をしてくれました。

 

ただし、森田氏も自分の仕事もあるので、1週間だけという期限付きでした。

 

私の滞在は1カ月を予定しているので、残り3週間は一人になってしまうけど、それでも最初に一緒に同行してくれる人ができたのは、嬉しいことであった。

 

森田氏の旅費と滞在費はすべて山川社長が出すということで了解をしてもらったのです。

 

 

森田氏とは、85日の朝8時に新千歳空港の国際線ロビーで落ち合うことを約束して別れました。
クリミヤといえば、つい先ごろ住民投票によって、ロシアへの編入が決まった自治区だが、このクリミヤの新しい検事総長に、美しき女性が任命された。



ナターリヤ・ポクロンスカヤさん31歳。
きりりとした軍服に身をつつんだ容姿に、今ネット上で世の男性たちを虜にしている。
ロシアにはこれくらいの美人は、掃いて捨てるほどいると言えば大げさかもしれないが、でもロシアを知っている人なら、大げさに聞こえないかもしれない。

ロシア人男性に、どこの女性が一番美しいか?と尋ねれば、ほとんどの男性はウクライナの女性と答える。
クリミヤもこれまではウクライナに属していたところである。

でもロシアに旅行すると、最初に降り立つのが空港だが、その空港内の入国審査の窓口には、このような軍服を着た、女性の入国審査官が大勢いるが、時々目の覚めるような美人を見ることがある。
そのためか、ロシア人女性の国際結婚は少なくない。
それはロシアを訪れた外国人男性が、ロシアの女性に目も心も奪われ、自分の国に連れ帰ってしまうからだ、そのためロシアの男性たちはプーチン大統領に、ロシアの女性たちを外国人に連れて行かれないようにする嘆願書を出した。
プーチン大統領は、その男性たちの切なる望みを叶え、それからはロシア人女性との国際結婚は、法的なハードルが高くなっている。
嘘のような、笑い話のようにも聞こえるが、これは本当の話だ。

ロシア人男性は、「美しい女性は一人占めしてはいけない、みんなで共有するものだ」と真面目な顔でいう男性が意外と多い。
これでは、美人の奥さんをもらったら、旦那は心配で仕事にも行けないのではと思う。
そんなことが原因しているのか、ロシアは離婚率も高く、シングルマザーが大勢いる。


7月に入って山川社長が、札幌に「北海道サハリンビジネス支援協会というのがあって、ロシアのビジネス支援をしてくれるらしいので、一緒に説明を聞きに行こう」という誘いがありました。

夏日の暑い日で、札幌の北海道サハリンビジネス支援協会を訪ねていくと、アポを取っていたので、早速担当者が応対に出てきてくれました。

 

担当者の話では、今年の四月からサハリンに「北海道ビジネスセンター」がオープンし、このビジネスセンターの業務内容は、水産加工、食品、木材関連、サハリンプロジェクト関連等の情報発信や、企業に対するサポート等を行っており、現地の事務所には、邦人が2名、ロシア人2名のスタッフが常駐しているとのこと。

また、北海道ビジネスセンターは会員制となっており、口数によって会員に対するサポートの待遇が違い、10口以上の大口会員であれば、ビジネスセンター内にあるブースや応接室が使え、パソコンの使用や、専用のメールアドレスももらえる。

そして、ロシアへの渡航はビザが必要なため、そのビザ取得のための招待状の発行をしてくれるので、山川社長は早速大口会員に申し込むことになりました。

こういう時の山川社長は、瞬時に判断し即決する決断力を持ち合わせています。

私のパスポートも出来上がっており、早速二人の招待状の発行もお願いすることになりました。

 

この北海道ビジネスセンターは、北海道庁の経済部や、(社)北海道開発問題研究調査会等が支援する形で設立された会員制のビジネスセンターで、既に多くの道内企業が会員名簿に名を連ねており、代表幹事も道内指折りの企業がなっていました。

 

山川社長は、ロシアで頼れるところができたのか、少し元気づいてきたように見受けられます。