前回のブログ更新から早一年・・・


あれから何度も京都へ行ったというのに、まだ去年の夏の旅ログを書いてる私(笑)


前回の会津一日目のブログを書いたのは、そう・・・確か入院中のベッドの上で下書きをし、退院してからアップした記憶がwww


退院後なかなか気力が沸かず、一年経ってやっとボチボチ書いてみようかと思う今日この頃


では、前回からの続きを(爆)



(5)飯盛山


会津二日目のこの日は、レンタカーを借りて飯盛山でさらささん一家と待ち合わせ


飯盛山は、誰もが知ってる通り、戊辰戦争で白虎隊の悲劇が起こった場所


うおっっっ!!


ま、まさかこの階段をぉ~~~と思ったら、横にちゃんとエスカレーター的なものがあったので、一安心



しばらく乗ってると、頂上へ



石碑を見ただけで悲しくなる



16~17歳の子供たち・・・


市中の火災を見て、鶴ヶ城が落城したと思い自刃











亡くなった方、一人一人の名前が刻んである、悲しいね


この場に立つと何も言えなくなる







飯盛山から見た市内はこんな感じ


遠くにかすかに見えるのが鶴ヶ城


白虎隊もこの景色を見たのかな



私は最初知らなかったんだけど、白虎隊には唯一生き残った方がいて、その方(飯沼貞吉さん)のお墓がこちら


彼の残した手記のお陰で、白虎隊の最後が世に伝わってるらしい


一人だけ生き残って辛いと思うこともあっただろうな





少し歩くと、さざえ堂なる建物がある


ホント見た目さざえみたい!!



中はこんな風になってる


この階段をずっと登って上まで行くんだけど、降りてくる人とすれ違わないっ!なぜだっ!


登る人と降りる人は別の階段を使ってるらしいんだけど、どういう構造になってるのか不思議ぃ~




日新館の石橋がこんな所に!


日新館へはこの旅で行けそうもないから、石橋だけ見て行った気分(笑)






(6)福良本陣跡


さらささんと二人で、車を走らせること約30分


目印が少ないこの場所にあるのは、福良本陣跡


土方歳三はじめ新撰組や白虎隊が陣を構えていた場所


以前は建物が残ってたと他の方のブログにあったけれど、今は石碑のみ


あぁ~、もっと早く新撰組に興味を持ち史跡巡りすれば良かった・・・




民家の間を入っていくと・・・



チラリと、石碑が見える


分かりにくいwww(笑)

でも、この場に来れて良かった!感動ぉ~!



史跡巡りでこの場へ行くなら、レンタカーは絶対必要だな!!




つづく・・・

7月26日~27日の1泊2日の強行スケジュールで、初会津へ


遠かった、会津若松www


移動距離はハンパなく長いけど、その分得た物は大きかった!!


朝1の新幹線に乗り、東京駅で東北新幹線に乗り換え、一路郡山へ


郡山でローカル線に乗り換え、目的地会津若松へ


そして、会津若松駅よりタクシーで七日町駅へ移動し、お友達のさらささんと連絡を取り、阿弥陀寺前にて合流~


(1)阿弥陀寺


「戊辰戦争の悲しみを残す阿弥陀寺」とあるように、ここには会津藩の戦死者、そして、新撰組・斉藤一のお墓があります


会津の人の亡骸は、新政府軍により埋葬する事が許されなかったという話もあるほど


「禁門の変」の際、逃げる長州を片っ端から捜し出し、斬り捨てた会津に対する恨みがそうさせたのかもしれません


戦争って、本当に嫌だな・・・


余談ですが、「集団的自衛権」行使を容認する安倍総理は長州出身です









御三階 ↑

鶴ヶ城の遺構

元々は鶴ヶ城本丸にあったものを、ここへ移されたようです

戊辰戦争の戦火の中残った、かなり貴重なものです



こちらが本堂 ↑




新撰組三番隊組長・斉藤一のお墓 ↑





明治になり、名を藤田五郎と変えてる為、藤田家のお墓となっています

警察官となり、西南戦争(日本最後の内戦)では警視隊に所属し、西郷隆盛の軍と戦いました

西郷隆盛が自刃して、もしかしたら戊辰戦争の恨みが少し晴らせたと感じていたかもしれないな



藤田實さんが平成17年にお墓へ入られてるので、斉藤一から代々繋がっているんだと思うと、何だか胸にくるものがある




最後に、本堂へお参りして、寺務所にて御朱印を頂く

ご住職ご不在のため、あらかじめ書いてあったものを下さいました



(2)会津新撰組記念館


阿弥陀寺より、徒歩約5分で見えてきます


「誠」の字にも心躍るが、中に入って所狭しと並べられたグッズの数々が私の心を捉えて離さない(笑)


で、テンション最高潮の私に、さらささんがひと言・・・「目的は2階よ」と


え?2階があるの?


料金を支払い、狭く超急な階段を上がると沢山の展示物が


私達が2階へ行く時、偶然近くにいた観光客の男性は2階の存在を知らなかったらしく、後から上がって来てた


大河ドラマ「八重の桜」にからめて色々な展示物がありました









(3)清水屋旅館跡


ここは、宇都宮城攻防戦で、足を負傷した土方歳三が滞在した宿


当時、この宿は格式が高かったようで、吉田松陰も宿泊したとか


現在は、大東銀行会津支店です


新撰組関係の史跡が職場とか、毎日テンション上がりそう( ´艸`)










(4)天寧寺


清水屋旅館跡で、さらささんの旦那さん&子供さん達と合流し、図々しくも家族旅行へ乱入www(爆)


で、訪れたのが天寧寺


ここには、近藤勇のお墓があります


ネットで調べると、土方歳三が会津藩主・松平容保に願い出、会津藩の手によって建立されたものとある


岡崎の法蔵寺は確か首塚だったけど、ここは慰霊塔的な感じなのかな?


天寧寺へ着いた時は、拝観時間が過ぎてたけれど、ダメ元で寺務所を訪ねると、ご住職がいい方で、御朱印も頂けたし、本堂のお参りまでさせてくださいました






さらさパパに「ケモノ道みたいだった」と言われたけれど、二人なら怖くないわ!と、チャレンジ!!


汗だくになりながら、「確か法蔵寺もこんな山道だったよね」と言いながら、山道を歩くこと約5分くらいかな




ケモノ道度が増してるぜっ(笑)



やっと到着!!









鶴ヶ城、そして会津の町を見下ろせる高い場所へあるお墓に、静かに手を合わせる


(5)田季野


そして夕食へ


輪箱飯を食べに行くこととなり、田季野へ~


初めて食べたけど、美味しかった!


史跡巡りも出来、美味しいご飯も食べて、大満足で1日目を終わる










つづく・・・


ペタしてね


前回からのつづき・・・


(9)土方歳三資料館


いよいよやって来たのは、土方歳三資料館


こちらも他の資料館同様、ご子孫の方が運営されてます


開館日は月2回


日本全国から土方ファンがいらっしゃるので、いつも見学者が多いっ


入り口の受付にいた学生らしき男の子と女の子・・・


彼らの話し方聞いてると、英語がバリバリ喋れそうな感じなので、もしかしたら海外からいらっしゃるお客様の案内をしてあげてるのかな?


資料館内部はもちろん撮影禁止・・・orz


土方歳三直筆の発句集があり、やけに感動ぉ~!!


本やグッズ等の販売もされてるので、自分用にグッズを購入( ´艸`)



敷地内へ入ると、似ても似つかぬ土方像がwww

資料館入り口より門を見ると、こんな感じ

へぇ~、手植えの矢竹かぁ~

これもし本当なら、何か感動だな☆


(10)石田寺(せきでんじ)


土方歳三資料館より徒歩数分、墓所である「石田寺」があります


資料館と同じく、こちらも多くのファンの方が訪れるようです


土方歳三は蝦夷で亡くなっているので、多分お墓に骨は入ってないけれど、ご子孫の方たちの想いが入ってるんだろうなと思う


この日は、私達以外の土方ファンの姿は見えず、貸切でゆっくりとお墓に手を合わすことができて良かった










副長っ、会いに来ましたっ!




お墓には土方歳三資料館からの「お願い」と題された看板があり、最近一部のファンのマナー違反に対する苦情が寄せられているとか


墓所が非公開にならないよう、注意喚起する旨が書かれてました


沖田総司の墓所は、お参りする人のマナーがあまりにも悪すぎて非公開になっているので、ここもそうならないよう、一人一人が気をつけてお参りしたいものです



(11)とうかん森


ここは、土方歳三が幼少の頃遊んだと言われている森


森・・・と言っても、現在では木が1本残るのみですが


日野市の指定天然記念物とされているようです




歳三少年と同じ木を見ているのかな?

住宅地の中で、ここだけ異次元の空間だね

木の向こう側から土方少年が、ひょいっと顔を覗かせそうじゃない?


こことうかん森で、楽しかった江戸1泊2日の旅も終了ぉ~


大満足の2日間でした



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