今回は「35年目のラブレター」という映画のレビューになります。
結論から申し上げますと、心に響く良い作品だと感じました。
個人の感想ではありますが、大小の差はあれど何かしら得るもののある作品ですので、機会がありましたら是非とも劇場へ足を運んでいただきたい。
<参考> 映画.comの評価は 4.7点 (5点満点) 2025.4.25時点
—以降は、映画本編のあらすじを含みます—
(あらすじ以外のネタバレは再度 注意文を記載)
まずはあらすじをご紹介します。
ある理由から読み書きのできない「西畑 保(たもつ)」さんが、読み書きができないことで長年迷惑をかけた妻「皎子(きょうこ)」さんに感謝を伝えようと、定年を迎えた65歳から学校に通い直すというストーリー。
日本では中学校卒業までが義務教育となっているため、よほど特別な理由がない限り、ほとんどの方が読み書きできると思います。このあらすじを見て、現実味の無いストーリーだと感じる方がいらっしゃるかもしれませんが、実際に戦後実施された識字率調査では非識字者が1.7%という結果が出ているようです。
この映画は実話に基づいたストーリーとなっており、主人公のモデルとなった「西畑 保」さんは今もなお活躍されております。
話は逸れますが、自身がモデルとなった映画が公開されるというのはどのような気持ちなのでしょうか…。
監督/脚本は「塚本 連平」という方で、有名なところで言うと「ぼくたちと駐在さんの700日戦争(監督)」や「ドラゴン桜(ディレクター)」でしょうか。
正直、この方の作品はあまり履修していなかったのですが、この作品を通じて興味が湧いてきました。
本作品に限った感想とはなりますが、話のテンポも良く、中だるみも無く、ストーリーも破綻していない。後述しますが、会話に魅力的な表現が多く監督の世界観に引き込まれてしまいました。
また、塚本監督は「この作品では、どんな思いを込めた?」という質問に対し、次のようなコメントをしています。「「何歳からでも、どんな生まれ育ちでも可能性はある」ということを描きたかった。(中略) 「何歳でもチャレンジする大切さ」は、自分も身に染みて感じています。僕自身、台本を書いていて、くじけそうになったときも保さんのおかげで「頑張ろう」と思えました。」(PILOT 抜粋)
主人公が学校に通い始めるのが65歳。監督の年齢が62歳と年齢が近いこともあり、監督の伝えたいことが全面に出た作品だと感じました。
監督の魅力を感じるのに、映画が始まって5分も必要ありませんでした。
映画は保が一人早く起床し、隣で眠っている皎子を起こさないよう、静かに仕事の準備をするシーンから始まります。
仕事に向かう保を見送るため、起床した皎子は玄関に向かいます。
「箪笥が開いたままになっていた。幸せが逃げていくよ。」と優しく注意し、それに対し笑顔で「それはアカンわ。大事な嫁さんのためにも気を付けな。」と返します。
このやり取りを見るだけで、お互いがお互いを尊重し、思いやりのある良い夫婦関係が伺えます。特にこのセリフ回しが素敵な表現で、逆に言えばこの会話に何も感じない方は作品に向いてないかもしれません。(主語がでかすぎるかもしれませんが)
大変魅力的な作品ですので、語りたいことが数多くあります。
しかしながら、既に長文となっているため特筆したかった箇所のみ抜粋させていただきます。
—以降は映画本編の具体的なネタバレを含みます—
どうしても記載したい、映画本編の内容は4件あります。
どれも私個人の感想であり、実際に監督が伝えたかった内容か正解かはわかりません。
個人の解釈だと理解したうえで読み続けてください。
1. 自身をアホだと言うほど、打ちひしがれる保
保は若いころ、職場の先輩に読み書きができないことを指摘され「アホだ」と言われます。職場の先輩に反発すれば職を失うリスクがあることを承知のうえで、自分はアホじゃないと言い返し、取っ組み合いとなります。
一方で皎子が亡くなった後、広くなった部屋の片隅で「俺はアホだ」と呟く保。
この、2つのアホは意味するところは違いますが、自身をアホじゃないと言い切った若いころの保とアホだと認めてしまう保を比較してしまうと、どれほど保が傷心しているか理解してしまい、感情移入し涙してしまいました。
2. 隠された万年筆
若いころに皎子が保の誕生日プレゼントとして渡した万年筆。
この時は保が読み書きできないことを知らなかったため、皎子に悪気はないのですが見ていて辛くなるシーン。この後、読み書きができないことを知り、万年筆に意味がないことを知ります。
長年、保は万年筆を無くしたと思っていましたが、皎子が亡くなった後に皎子が隠していたことを知ります。これは読み書きができない保が自身を責めないよう、目の届かないところに意図的に隠していたようです。
とても素敵じゃないでしょうか。人によってはプレゼントしたものが使えないことを知れば悲しくなったり、捨ててしまう人もいると思います。皎子は捨てずにずっと保管しており、それこそ墓場まで守り切ったのです。
映画本編ではさらっと流れてしまいましたが、私はここのやり取りでも感動しました。
3. 残される保の心配
これは既婚者として、とても共感しました。
読み書きができない保の代わりを長年務めた皎子。自身がいる間は生活するうえで問題はない(こともないですが)が、もし自身に何かあったときに残される保を心配していました。
私の話ではありますが、私になにかあったときに妻は生活していけるか心配になることがあります。私は自身になにかあったときはこうすれば良いと「遺書」のようなものを保管しています。(遺書というほど大それた内容でなく、銀行とPW程度のものですが)
私は形に残すことができるため、少しはこの不安も和らげることができます。
しかし、保は字が読めないため、このような遺書も伝えることができないと考えると、皎子の心配は計り知れません。
4. 「君へ」から「皎子」
保の書くラブレターはいつも「君へ」から始まります。
しかし、映画のラストシーンでは「君へ」ではなく「皎子」と書かれています。
ラストシーン時点、保は夜間中学を卒業し読み書きができるようになっています。
推察とはなりますが、今までは「皎子」という文字が難しく書けなかったため、代わりに「君へ」と書いていたのだと考えます。
この部分について何も言及されていないため実際はわかりませんが、このような解釈をした私は「皎子の心配が解消されるくらい読み書きができるようになったんだ」と理解し、また涙してしまいました。
以上、長文となりましたが映画についてのレビューとさせていただきます。
もし映画を見た方がいらっしゃいましたら、違った視点での感想も聞いてみたいです。
ご覧いただきありがとうございました。