2年前の夏、交通事故以来、ずっとばびってたさくらちゃんが亡くなりました。
いつものように夜明けには鳴いて私を起こし、おトイレにいって私に押すことを要求し、ごはんを食べ、サンルームで日向ぼっこをし、眠ってるとばかり思っていたら、気がついたら硬くなっていました。
何をするにも苦しそうに口呼吸をしていたので、今年の夏は無理だろうかと考えてはいたけれど、それでも今日だとは思ってなかったんです。
むしろその日はいつもより動きがよかったくらいで、ただ、思えばお腹を押した時の感触がなにやらぐにゅっとしたいつもと違う、柔らかいとも言い難い、手応えのなさがあったことくらいでしょうか。
ああ、やっと楽になったんだね、というほっとした気持ちもあるけれど、やはりただただ悲しいです。
虹の橋の向こうでもとの元気な体になって待ってていてくれるのかな。
どんなに苦しくても抱っこされて移動するよりは、自分の足で動くことも飛び上がることもがんばってたさくらちゃん。
おしっこが自力で出せないことを理解して、私の顔を見るとトイレに行き、早く押してよって顔で見上げててた。
一応おしっこ出しは私が一番うまかったと認めてもらえてたのかな。
ごはん係も私でした。
さくらちゃんはお母さんの代から家にいたので、我が家初、生まれてから死ぬまで家にいた猫でした。
兄弟二人いたけど、どちらも出て行ってしまったらしいので。
ちなみにその子たちはリュウとケンということでさくらは花とは関係なく、なんかのゲームのキャラからとったらしいでしすよ。
実を言えば私はこの兄弟たちとさくらの子猫時代を知りません。
ちょうど私が家を出て一人暮らししてた時代だったので。
私が家に戻った時にはさくらは立派な成苗でした。
子猫時代の写真も動画も残ってません。
ああもったいない。
大きくなってこんなに美人だったさくらちゃんは子猫時代はすさまじくかわいかったでしょうに。
しかし、今のように、携帯電話のカメラがあるし、一人一台時代じゃなかったから無理でした。
20年ってそれだけ時代が違うんですよねー
一応日付は5月16日にしてますが、この文章を書いているのはずっとあと。
ちょっと描いてはべぞべそしてます。
5月16日という日付を忘れないために日付をいじりました。
009の誕生日の前日ですので、たぶんおぼえやすいけど。
中学3年生の時にときめいて以来で記憶にやきついているのでたぶんほぼ忘れない。
当日じゃなくて前日で、ついでにいうなら仕事としても少しなら休んでいられる時期で、思う存分哀しめました。ペットロスの一番よくないのは、哀しむべきときにきちんと哀しまないことらしいから、そういう意味でもよかったかもしれない。これが月初めや月末だと、請求レセプトや給与計算と、それほどじっくり哀しんでられなぁったでしょうから。
そういう意味でも選んでくれたのかなと思ったり。
本当にかわいくてかしこい子でした。
これほど長く家にいてくれたのはさくらちゃんだけだし。
世話もとりあえず最期まで看取れたんだし。
いいといえばいいのかもしれないけど。やっぱりまだ哀しいなー。
大好きだよ、さくらちゃん。