デジタルに切り替わる前の頃の音楽が好きだ

 

音楽オンチな私でも

その頃の曲が如何に

凝っているか分かるようになってきた

 

なぜ分かるようになったかと

考えると、

今の時代の曲に

尽く感動出来なくなってしまったからだ

 

何かが違う

 

何が違うかわからない

 

少しずつ判ったのが

それが、編曲の拘りだったり

微妙なドラムのリズムだったり

ベース音だったり

特殊な効果音の入る瞬間だったりする

 

 

今の音楽は、ホントの楽器を

使わなくても

デジタル合成で出来てしまう部分が

多いから、その微差が

抜かれてしまう

 

曲全体を通しての揺らぎとか

均一になってしまって

體(からだ)が反応しないんだ

 

 

それと、気が付いた事がまだあって

 

危うさ

 

なんだ

 

 

今の曲でも、寂しさとか

刹那さとか、懐かしさとか

愛とか恋とか

歌っているんだけど

危うさって無いんだ

 

便利な世の中になると

連絡もつくし

調べたら解る事がほとんどで

危うさとは無縁なんだ

 

恋も遊びも日常も

野性的な危うさって

無くなる

 

だから、寂しさとか刹那さを

歌っていても

危うくは無いんだ

 

 

アナログ時代の曲は

ポップスであれ

ロックであれ

演歌であれ

フォークであれ

危うい

 

その危うさが美しい

 

スマホやAIで何でも解る時代、

知らない情報が少なくなる

 

青春とか若さって

「知らない」事の多さの危うさだと思う

 

「知って」しまった長老に

青春とか若さとか似合わない

 

知るって事の良さ

知らないって事の趣き

それぞれにあって

 

「知らない」まんま

分からないまんま

突き進む事に

感動があって

ヨロコビも

傷も深くなる

 

分からないまんま

突き進める強さこそ

若さだし

青春だし

思い出

なんだと思う

 

 

そういう意味で

レコード時代の曲は

危うさと深さがあるなと思う

 

その当時はフツーだと

思っていたけど

軽い便利な世の中が

当たり前になると

改めて、エモーショナルを

感じるんだ