<彼女・19>




あの夜、私が彼を呼びだしたのには策略がなかったと言えば嘘になる。




友人として私のことを気にしてくれる彼を自分のものにするにはこの夜しかないと思ったし、




あの夜があれば、一生独りで生きていってもかまわないとも思った。




だから誰でも良かったわけではなく、彼しかいらなかったから彼を呼んだのだ。




だが・・・夢のようなひとときは終わり、現実に引き戻され今では抜け殻のように暮らしている。




心はもう旦那には戻らないのだし、わざわざ戻そうとも思っていない。




最初から私の心を預けていたわけではないから、戻るという言い方も少し変かもしれない。




あの日、私が渡した本を彼は読んでくれただろうか・・・




そう思っていた矢先、彼から連絡が入った・・・・




『逢いたい』 ただ、ひとことだけのメール・・・




何かあったのかもしれない・・・心はざわめき、何があったのか心配になったけれど




逢って話した方がいいに決まっている・・・そう思って私も 『逢いたいね』 と送った・・・




逸る気持ち・・・抑えられない・・・




震える指に唇を触れさせ、少しだけ息を吹きかける。




そうするとなんだか落ち着いて、深呼吸のような溜息に変わっていく・・・




そして、現実に引き戻されるのだ・・・




彼には奥さんがいる・・・・・その奥さんが悲しむようなことを彼としてはいけないし、




彼が結婚をしていないあの夜とは違うのだ。




だから・・・彼の人生に傷をつけてはいけない・・・




逢ったとしても、友人のように・・・・いえ・・・友人の仮面をつけて




今までのように 『久しぶりね・・・』 と彼に笑いかけるのだ・・・。