<彼女・16>
『雪美に幸せになってほしいって言われたけど、離婚しようと思うんだ・・・あんなにズルイ男にはならないでほしいって言われたのに、情けないけど守れてない・・・』
『・・・・・』
雪美の沈黙が怖かった。
何を思っているのか、僕を軽蔑しているのか・・・今の台詞で全てを見切ったような雪美の視線が僕を刺している。
『この本の男は最低だと僕も思う・・・妻も愛人も騙して・・・・でも、もっと僕は最低だ・・・自分にも嘘を吐いているから・・・』
『・・・・・・・・・う・・・そ?』
『そうだよ、嘘だ・・・・しかもずっとだ・・・結婚する前からずっと・・・結婚なんてどうでも良かった・・・だから、妻を裏切った・・・でも、愛人さえも裏切ってる・・・・雪美には嫌われるだろうが、僕はもう自分の嘘に耐えられなくなっている・・・・最初から嘘だってわかってたんだから、もともと僕の結婚は上手くいかないことはわかってたんだ。だから離婚しようって思ってる・・・だからといって愛人と一緒になるつもりもない・・・僕が望んでるのは・・・』
『・・・・ちょっとまって・・・奥さんのこと愛してないの?愛人ってどういうこと?』
僕は大きく深呼吸をする。
こんな風に雪美になじられるのはわかってた・・・
だからと言って全部を話さないわけにはいかない・・・
僕が話す、僕の想いの辻褄が合わなくなるから・・・・
『雪美・・・・君は一度も不思議に思ったことはないのか?』
『・・・・・・・なにを?』
雪美の鞄を握る手が白くなっている。
余程驚いているんだろう。
だが僕は今以上に雪美が驚くことを言おうとしている。
『雪美とこんな風に逢っている僕がいるということを・・・』
『・・・・・・・・』
『男と女の友情があるとしても、僕たちはお互いの体を知っている仲だ・・・たった一度きりとはいっても、も、友情という言葉で片付けていい筈がない・・・。君がどう思っていようと・・・あの日、君が僕との仲を白紙にしたいと思いそれを僕に告げた。・・・・僕にしてみれば永遠に君に逢えなくなるくらいならそれと引き換えにしてもいいと、そう思ってしまったから、この可笑しなことが現実になってしまっている。』
いつの間にか外は雨になっていた。
フロントガラスに無数の雨粒が降りかかって、外の風景をぼかしていく。
その雨粒を写し取った様に、雪美の頬に涙が流れていた。