<~Sorciere~22 緋蜜>
「あの時・・・あなたの瞳の中に普通の女が現れていたら、きっとあなたは私と一夜の遊びにしかしなかったでしょう・・・?だから・・・そうならないために、私はあなたに罠をはったのよ・・・『不倫』という関係・・・『背徳』という響き、『許されない愛』に溺れてあなたが堕ちていく・・・
若いあなただから、たとえその関係が嫌になって清算したくなったら簡単にできる年齢だし、私が既婚者であるなら後腐れなく終わらせることもできる。
あなたの思考回路が簡単に読めるようだった・・・でも、私はあなたを言葉で繋ぎとめることにしたの・・・『主人にバレそうになったらすぐに手を切るから』、『私はあなたよりも大事なものがある』そういう言葉を並べて、あなたの競争心を煽ったのよ。
僕よりもご主人が大事・・・あの言葉で、まったく眼中になかった私の背後にいるはずのない『主人』を意識したはずだわ・・・
私にとっても賭けだったけれど・・・二年続いたってことは、あなたに効果があったってことなのよね・・・
ごめんなさい・・・あなたがこんなに本気になるなんて思わなくて・・・家にまで来るなんて想像してなかったから・・・ごめんなさい本当に・・・
わたしにとっても遊びのようだったのよ・・・若いあなたをどこまで本気にさせることができるのか試したくなって・・・悪戯心が働いてしまったの・・・
昔、私は若い男に騙されて・・・なにがいけなかったのか見定めたくて、それをあなたで試してみようって・・・ううん、違うわ・・・今度は私が若い男を騙したかっただけなのかもしれない・・・あの時の悔しい気持ちを、あなたを使ってあなたの中に吐きだしたかったのかもしれない」
黒い瞳の中に僕はどこまでも堕ちていってるような、そんな絶望感を味わっていた。
薄く笑う美智子の唇の端は、ひきつることなく本当におかしいものでも見るように歪んでいた。
本当に・・・・本当にまさか・・・ただ僕を騙すためだけに・・・この二年があったというのか・・・・
目を見開き問いかけたけれど、美智子の答えは相変わらず冷たく瞳の奥で氷のようになっている。
無表情なのがすべての答えだというのなら、僕は美智子の真実を今聞いたことになる・・・
「うそだ・・・」
美智子の話を否定するのに時間がかかったのは、一瞬そうなのかもしれないって思ったからだった。
「嘘じゃないわ・・・じゃないと成り立たないでしょう?この話は・・・・」
「君は本気で人を愛することができなくなったって・・・・・」
美智子は縋りつくような気持ちで発した僕の言葉に無情に言葉をたたみかけてくる。
「兄が言ったのでしょう?だから・・・そうだからあなたで遊んで、あなたを傷つけることで過去に復讐したのよ、私は・・・あなたには理解できないだろうけれど・・・私の傷はあなたが撫でて治るようなものじゃないの・・・あなたの愛で私がちゃんと人を愛せるようになるなんて・・・思い上がりもいいところだわ・・・・帰って・・・これでわかったでしょう?帰って・・・」
そう言いながら美智子は僕に背中を見せたまま二度と振り返ろうとはしなかった。
右手で出ていけと言っているようなサインもしている。
面倒くさそうに溜息を何度もして後頭部を掻いている女は・・・・あそこで僕を冷たくあしらった女は僕が知っているどの美智子でもなかった。
まるで別人と話しているみたいで寒気を覚えずにはいられなかった・・・
これが本当の美智子の秘密・・・紅い唇から洩れた血のような真実・・・
ただ、僕を騙して・・・僕が本気になるのを頬笑みの裏側で笑って見ていた冷酷な女・・・
まるで本当に僕は魔女に魅入られたような気さえしていた・・・・。
僕はふらつくように美智子の家の門扉をでると、あまりにも心が寒くて凍えてしまいそうになっていた。
あまりにも酷い仕打ちに僕の心の奥底まで震えていた・・・・