<~Sorciere~20 金鍵>
この数時間で僕はどれだけハンマーで頭を殴られたような衝撃を受けただろうか・・・
最初は美智子の携帯に電話をして旦那が出たと思った時。そして、次は美智子にもう一人男がいるのではないかと言われた時。つぎに美智子は結婚していないという男の言葉・・・そして、やはり目の前の男を旦那なのだと確信したのに「兄」だと名乗られた今だ・・・。
「あ・・・に・・・?」
僕は目の前の男を見続けていたのだけれど、その言葉が男の口から出たのだとすぐには信じられなかったのだった。
僕のそんな態度が男の笑みを誘ったのだろう。男は頷きながら、
「まさか、わかってなかったなんて思わなかったな・・・まだ勘違いしていたのか?」
「・・・・」
「図星か・・・・・」
黙る僕に苦笑をしながら、男は自分も珈琲を頼んで本題へと話しを移していく。
「美智子は・・・君に何も言えないままでいたのだね・・・昔・・・男に騙されたことがあって・・・それのせいで父が貯めていたお金も全部むしり取られる様にもっていかれて・・・両親は何も言わずに死んでいったんだ。自分が連れてきてしまった男のせいで両親は追い込まれて死んでしまった。男の嘘も見抜けずに、結婚できることに浮足立って、気がついたときにそれが詐欺だったのだとわかっても遅かったんだよ・・・。
私も一度だけ見たことがあるんだが、君ぐらいの年齢の男だったかもしれない。
それ以来、美智子は男を好きになろうとはしなかった。
もう33にもなろうとしているのに・・・あのことを引きずって・・・私にも嘘を吐くようになって・・・そして愛した君にも嘘を吐いている・・・
私には君のことを妻のある人物だと言い、君には美智子自身が既婚者だと語っているだろう?
どちらにも、その場だけの言い繕いのような言葉だから、こうやって私達が話しあってしまったらほころびが生じてしまうんだ。
どうして君に嘘を吐いたのかなんて明白で・・・君に本気になってしまう自分が怖かったからだよ。嘘を吐くことによって自制をきかせて、それでも君のことを好きになってしまっている自分に歯止めが利かなくなって、今では毎日、溜息ばかりを吐いている。
私がどうしたんだ、と尋ねると・・・不倫をしていると答えが返ってくる・・・
そんなときに君から電話がかかってきたものだから、君がその相手なんだと私も錯覚してしまったというわけだ。
逃げ道ばかりを作って、もう恋はしないと鍵をかけた自分の心を開けようともしない。
若い君を好きになり、君がまた自分の元から去っていくのなら、最初から本気にならなければいいとでも思ったのだろう。そう思う時点で、もう君のことを好きになっているというのにね・・・。
最初、私は美智子の言うとおり、君には妻がいるのだと思っていた。
でも君は嘘に絡みつかれていたというのに、私から逃げようとはしなかった。そこで、もしかしたら・・・・と思ったんだ・・・美智子が君にも私にも嘘を吐いているんじゃないかと・・・」
そこまでを話し終わって、美智子のお兄さんは悲しそうに眉根をよせた。
どんな男だったのだろうか・・・美智子を苦しめ雁字搦めにさせてしまった男というのは・・・
あんなにもお互いを望んだ人はいない・・・・
そう思えるほどの情熱で僕はここまでやってきてしまっていた。
真実を知って安堵するかわりに、今度は美智子の心の鍵を開けるかどうかという不安も押し寄せてくる。
それでも僕はお兄さんに言わずにはいられなかった・・・
「彼女に逢いたいんですが・・・・」