<~Sorciere~11 朱火>
「君は何を言っているのかわかっているのか?」
静かすぎる声とは一変して、旦那は怒りを言葉に込めていた。
怒るのは当然だろう。そう思う。
でもほかに言葉が見つからなかった・・・
旦那の存在を無視した僕の言葉に怒りをぶつけるのは仕方のないこと・・・
最初から覚悟していたことだった・・・
でもどんなになじられても気持ちが揺らぐことはなかった・・・
彼女をあなたから奪い去りたい・・・その思いを声にしただけである。
言い切ってすっきりした・・・長い間、心の奥底に溜め込んでいた汚いものが流れ落ちたような気さえしている。
大きな深呼吸をしたい衝動を抑え、口元には薄っすらと笑みも浮かべられる。
何もかもを無くしてしまうかもしれない旦那とは別に、
僕はこれから奪いに行くのだ・・・
その状況の差が二人の間に違う時間の流れを作ってしまったのかもしれない。
あきらかに焦った様子の旦那は、「美智子を不幸にするのか」と怒っている。
不幸にしているのはどっちなんだ・・・
彼女が僕の手を握ったのは、あんたとの生活が嫌になったからだろう。
この関係を始めたのは僕からかもしれないけれど、
それだけでは、こんなに長い間続くことはなかった筈である。
いつでも彼女は僕の手を振り払うことはできたはずで、
それをしなかったのは僕にほんの少しでも逃げたかったからじゃないのか・・・
旦那との生活を大切にしたいというのなら、僕という存在は彼女には最初から必要なかったのだから・・・
それなのに、今も僕と彼女は続いている・・・それが何よりも彼女の真意ではないのか。
旦那が怒声で応戦するのなら、僕は冷え切った声で話すつもりでいた。
その方が旦那のダメージは大きいと感じたからである。
旦那にとって冷静に話のできる状況ではないだろう、
同じ立場に立たされたら、きっと僕もうろたえるに違いない。
その相手の心の余裕のなさに付け込もうとした次の瞬間
旦那は信じられない言葉を発したのだった・・・
「君に家庭があるのはわかっている・・・奥さんや子供が聞いたらなんて思うんだ・・・それとも、もうそっちの話はついてるのか?だとしても許されることではないんだよ。それさえも不幸にして尚、美智子も不幸にするというのがわかっているのに・・・」
喘ぐように苦しそうな声が何を言っているのか、僕は理解ができなかった・・・