<Sorciere~~8 黒氷>
僕が君からの連絡なのだと思い電話に出た時、氷の矢が僕を射抜いてしまっていた。
まるで、それは予期せぬ出来事で・・・僕は躊躇いながら声を絞り出していた。
「はい・・・伊崎です・・・」
「伊崎さん?なにかこの携帯に用事でも?」
そう言ってきたのは、麗しい君の声とは違う『男』の声だった。
しまった・・・旦那だ・・・
心の中でした舌打ちがそのまま受話器へと漏れたような気がしたが、気のせいだったようだ。
男は何も言わずに僕からの声を待っていた・・・
「いえ・・・美智子さんに話がありまして・・・実は同窓会の予定のことで・・・」
ありもしない話でこの場を取り繕うとした僕に男がまたも矢を放とうとしている。
「美智子は外出しているが・・・なんなら伝言しておきますが・・・」
「いえ・・・そんなに急ぎのことではないので・・・また掛け直します・・・」
とにかく電話を切らなければ・・・不審がられているのは電話の感触でわかる。
とにかく彼女が帰ってくるまでに電話を切り、
できるだけ旦那にバレないようにしなければならない。
数日前まで旦那に総てをバラして彼女を手に入れたいと思ったことが嘘のようだった。
今は、背中に氷水を浴びせられたように冷たいものを感じている。
震えているのは声なのか、それとも受話器を握っているこの手なのか・・・
動揺を隠しきれないようでは相手に変な奴だと思われかねない。
彼女が家に帰ってきた時、変な男からの電話だと言われたら
それで全てが水の泡になってしまう。
「主人にあなたの存在を少しでも疑われたら・・・もう逢うのはよしましょう」
君が僕に逢うたびに話していた言葉だ・・・
旦那にバレそうになっているこのシチュエーションよりも
君に言われた言葉が耳の中に反響していることのほうが怖かった。
これで・・・疑われてしまったら終わってしまうのか?
自分たちで決めた別れではなくて
他人が介入して、疑われることによって連れてきてしまった別れなど
到底、納得できそうになかった。
項垂れそうになる首をかろうじて支えているのは汗ばんだ掌。
もうなるようになるしかないと腹をくくって僕は旦那と向き合おうと
そう心に決めたのだった。
受話器を握る手に力が入ったのは、覚悟を決めたからかもしれない。