<Wisteria ~幻影写真~・1>
「あなたのご両親・・・?」
そう不思議そうな声をあげた私に、あなたは「そうだよ」と短く答えてくれた。
少し照れながら、でも私に見せている背中からはご両親を慕う気持ちが溢れている。
今、私は彼の家にいる。
1年前はこんな風に彼の家に来ることになるなんて想像もできなかった。
彼とは偶然乗り合わせた電車が一緒で、
終着駅に着いたとき、起こしてくれたのが彼だった。
「君、駅に着いたけど・・・」
遠慮がちに掛けてくれた声があまりにも優しくて・・・
その声をもっと聞いていたかったのだけれど、
そんなことを頼めるわけもなく、
ましてやこちらから声を掛けてお茶に誘うなどできるわけがなく、
「ありがとうございました」とお礼を言って電車から降りようとしていた。
すると彼の方からもう一度、「ねぇ・・・」と声を掛けてくれたのだった。
「はい?」
肩越しの声に振り返り、私は彼の瞳を見つめ返した。
「花びらが落ちたけど・・・」
そう言って薄紫の藤の花びらを私の目の前に差し出したのだった。
「え?」
唐突に言った彼の言葉に、私は思わず疑問符を投げかけていた。
それもその筈、電車の中に花はなく私もまさか藤の花を持っているわけがなかったから、
だから私の身体から落ちたのだと言った彼に、もう一度
「え?」と訊き返していた。
でも、その彼の手の中にある花びらを見て、
私の中で眠っていた記憶が甦っていた。
さっきの藤の花が私の身体のどこかに隠れていたのだ・・・。
そう思った。
そして同時に透明な声を耳に蘇らせていた。
『あまりにもあなたが娘に似ているので・・・』
不意に頭の中に木霊した声はどこまでも心を揺らした。
何度もリフレインするその声の主達を探そうとしたのだけれど、
もう既に車中にその姿はなく、
私は目の前の彼からその花びらを受け取っていた。
「すみません。ありがとうございます」
そう言った後で、掌に置かれた柔らかい花びらの感触が、
さっき出逢った人達に渡された感触と同じであることに安堵の息をついていた。
「あの・・・、ここに座っておられた方達、降りられました?」
そう言った私の顔を彼は不思議そうに見つめ返してくる。
「僕だけど?」
「・・・・・」
そんな筈はなかった。
私の隣にいたのは確か夫婦連れだったのだから・・・・。
一瞬の間を置いて、私は自分が思い込んでいる事に気が付いたのである。
そうか・・・私が寝ていた間にどこかの駅で降りられたのだ・・・・。
そしてこの人はその後、この電車に乗り込んだ人。
きっと、そう。
単純にそう思った。
「ごめんなさい。私の思い違いみたいで・・・・・」
そう顔を赤らめた私に彼が含み笑いをして
「新手のナンパかと思った」と言っていた。
そこから、私達は始まった。
今思えば、あのとき藤の花が落ちなければ、そんな話をする事もなく
お互い一期一会で終わっていた間柄だった。
ただ、旅行の帰りに起こしてくれただけの人。
これから関係することもなく、電車の中で交差しただけの人。
そうなる筈だった。
それが、不思議にも自分の身体のどこかに隠し持っていた花びらが二人を引き合わせたのだ。
しかも、私が夫婦連れの話を切り出さなければ、
きっとこんな風に笑いあう事もなかったかもしれない。
**************
Wisteria・・・藤の花(ウィステリア)
「あなたのご両親・・・?」
そう不思議そうな声をあげた私に、あなたは「そうだよ」と短く答えてくれた。
少し照れながら、でも私に見せている背中からはご両親を慕う気持ちが溢れている。
今、私は彼の家にいる。
1年前はこんな風に彼の家に来ることになるなんて想像もできなかった。
彼とは偶然乗り合わせた電車が一緒で、
終着駅に着いたとき、起こしてくれたのが彼だった。
「君、駅に着いたけど・・・」
遠慮がちに掛けてくれた声があまりにも優しくて・・・
その声をもっと聞いていたかったのだけれど、
そんなことを頼めるわけもなく、
ましてやこちらから声を掛けてお茶に誘うなどできるわけがなく、
「ありがとうございました」とお礼を言って電車から降りようとしていた。
すると彼の方からもう一度、「ねぇ・・・」と声を掛けてくれたのだった。
「はい?」
肩越しの声に振り返り、私は彼の瞳を見つめ返した。
「花びらが落ちたけど・・・」
そう言って薄紫の藤の花びらを私の目の前に差し出したのだった。
「え?」
唐突に言った彼の言葉に、私は思わず疑問符を投げかけていた。
それもその筈、電車の中に花はなく私もまさか藤の花を持っているわけがなかったから、
だから私の身体から落ちたのだと言った彼に、もう一度
「え?」と訊き返していた。
でも、その彼の手の中にある花びらを見て、
私の中で眠っていた記憶が甦っていた。
さっきの藤の花が私の身体のどこかに隠れていたのだ・・・。
そう思った。
そして同時に透明な声を耳に蘇らせていた。
『あまりにもあなたが娘に似ているので・・・』
不意に頭の中に木霊した声はどこまでも心を揺らした。
何度もリフレインするその声の主達を探そうとしたのだけれど、
もう既に車中にその姿はなく、
私は目の前の彼からその花びらを受け取っていた。
「すみません。ありがとうございます」
そう言った後で、掌に置かれた柔らかい花びらの感触が、
さっき出逢った人達に渡された感触と同じであることに安堵の息をついていた。
「あの・・・、ここに座っておられた方達、降りられました?」
そう言った私の顔を彼は不思議そうに見つめ返してくる。
「僕だけど?」
「・・・・・」
そんな筈はなかった。
私の隣にいたのは確か夫婦連れだったのだから・・・・。
一瞬の間を置いて、私は自分が思い込んでいる事に気が付いたのである。
そうか・・・私が寝ていた間にどこかの駅で降りられたのだ・・・・。
そしてこの人はその後、この電車に乗り込んだ人。
きっと、そう。
単純にそう思った。
「ごめんなさい。私の思い違いみたいで・・・・・」
そう顔を赤らめた私に彼が含み笑いをして
「新手のナンパかと思った」と言っていた。
そこから、私達は始まった。
今思えば、あのとき藤の花が落ちなければ、そんな話をする事もなく
お互い一期一会で終わっていた間柄だった。
ただ、旅行の帰りに起こしてくれただけの人。
これから関係することもなく、電車の中で交差しただけの人。
そうなる筈だった。
それが、不思議にも自分の身体のどこかに隠し持っていた花びらが二人を引き合わせたのだ。
しかも、私が夫婦連れの話を切り出さなければ、
きっとこんな風に笑いあう事もなかったかもしれない。
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Wisteria・・・藤の花(ウィステリア)