<恋慕・5>
私が、先に彼女の声に気がついて・・・
私が、先に彼女の瞳に釘付けになり、
そして・・・私が先に彼女へと恋に落ちたのだ。
それなのに、
今はどうだろう。
彼女が見るもの、さわるものに無関心で
このまま何も起こらず、ただ平穏に生きていけたら、
波風立てずに、自分の殻の中に閉じこもって見ないフリを続ければ
それでいいだろうと、そう思っていた。
私は結婚してから妻の何を理解していたというのだろう?
好きな色、好きなもの、好きな風景。
毎日何に喜び、何に腹をたて、何に希望を抱き、
そして眠った時にはどんな夢を見ていたのか・・・。
そんな・・・恋人同士の時には知りたくてしょうがなかったことが
「妻」という一字の存在になった時、
すべてが意味のないもののように思えてしまった。
妻は私のものだという、そんな想いがそうさせてしまったのか、
今となってはわからないけれど、
だが、しかし決して彼女のことを愛していないわけではなくて・・・
家族として・・・愛していたと思うんだ。
それのどこがいけないのだろう?
紛れもない事実がそこにあるのに、
どうして「あなたの愛し方が違うの」、と彼女は言うのだろうか?
私の態度と言動が彼女を苦しめ、
着地点が見えない深い井戸のような暗い底へと
彼女を突き落としてしまったのだろうか?
だから・・・這い上がる事もできなくなって
今度は彼女が自分の殻の中に閉じこもってしまったのだ。
罵り合うような、そんな別離は望んでいない。
もちろん今でも私達の何がいけなかったのかがわからない。
空気のような存在って、誰にでもあると思う。
なくては生きていけなくて、でもまわりにあっても邪魔にはならない。
そういう夫婦が理想で、私達はうまくやっているだろうと・・・
そんな自信があっただけに、妻から静かに渡された離婚届には心底驚いたものだった。
「あなたのそれは、決して私のことを愛しているわけじゃない」
と否定された時・・・なんとなく彼女が言いたかったことがわかったような気がした。
彼女は彼女自身を見てほしかったのだ。
妻である前に、母親である前に、一人の女性だという認識を持てと私に叫んでいたのだ。
当たり前のことなのに・・・
一緒に暮らしてきて忘れていたことだった。
「私はちゃんと愛されたいの。必要とされたいだけなのよ」
「私が君を必要としていないとでも?ちゃんと君が必要だよ!」
「違うわ。あなたは私を見ていない。この何年間か、私のことをあの子の母親としか相手にしていなかった。疲れたとか、明日も早いとか・・・そんなことを理由に夫婦の時間を持とうとしなかったでしょ?少しの時間で良かったのに・・・私は寂しかった。そんなことも気がつかなかったでしょ?そう顔に書いてある」
「・・・・」
二の句が告げられなかった。
「今から・・・気をつけるよ・・・」
やっと絞り出した声に妻は溜息とともに首を横に振る。
「もう、遅いわ。あなたは私が言うまで気がつかなかった・・・。結婚したら愛情が消えていくのを私はただ見ていることしかできなかった。私も努力をしなかったのかもしれない。でも、愛情って努力が必要なのかしら?愛おしいと思う気持ちに努力なんて何もいらないでしょ?だって湧き上がってくる感情が愛だと思うから。そう信じたいから。その人のことをただ無償に愛し抜きたいと思わなくなったら、そこで終わりなのよ」
「・・・・もう君は私にそう思えなくなったと?」
私の言葉に、妻は瞳を瞑って唇を噛みしめながら小さく頷いたのだった。
打ちのめされるとはこのことなのだと思う。
彼女の横顔には私との未来を生きていく意思は見えなかった。
恋慕って結ばれたのに、
築き上げてきたものの儚さを突き付けられた瞬間だった。
私が、先に彼女の声に気がついて・・・
私が、先に彼女の瞳に釘付けになり、
そして・・・私が先に彼女へと恋に落ちたのだ。
それなのに、
今はどうだろう。
彼女が見るもの、さわるものに無関心で
このまま何も起こらず、ただ平穏に生きていけたら、
波風立てずに、自分の殻の中に閉じこもって見ないフリを続ければ
それでいいだろうと、そう思っていた。
私は結婚してから妻の何を理解していたというのだろう?
好きな色、好きなもの、好きな風景。
毎日何に喜び、何に腹をたて、何に希望を抱き、
そして眠った時にはどんな夢を見ていたのか・・・。
そんな・・・恋人同士の時には知りたくてしょうがなかったことが
「妻」という一字の存在になった時、
すべてが意味のないもののように思えてしまった。
妻は私のものだという、そんな想いがそうさせてしまったのか、
今となってはわからないけれど、
だが、しかし決して彼女のことを愛していないわけではなくて・・・
家族として・・・愛していたと思うんだ。
それのどこがいけないのだろう?
紛れもない事実がそこにあるのに、
どうして「あなたの愛し方が違うの」、と彼女は言うのだろうか?
私の態度と言動が彼女を苦しめ、
着地点が見えない深い井戸のような暗い底へと
彼女を突き落としてしまったのだろうか?
だから・・・這い上がる事もできなくなって
今度は彼女が自分の殻の中に閉じこもってしまったのだ。
罵り合うような、そんな別離は望んでいない。
もちろん今でも私達の何がいけなかったのかがわからない。
空気のような存在って、誰にでもあると思う。
なくては生きていけなくて、でもまわりにあっても邪魔にはならない。
そういう夫婦が理想で、私達はうまくやっているだろうと・・・
そんな自信があっただけに、妻から静かに渡された離婚届には心底驚いたものだった。
「あなたのそれは、決して私のことを愛しているわけじゃない」
と否定された時・・・なんとなく彼女が言いたかったことがわかったような気がした。
彼女は彼女自身を見てほしかったのだ。
妻である前に、母親である前に、一人の女性だという認識を持てと私に叫んでいたのだ。
当たり前のことなのに・・・
一緒に暮らしてきて忘れていたことだった。
「私はちゃんと愛されたいの。必要とされたいだけなのよ」
「私が君を必要としていないとでも?ちゃんと君が必要だよ!」
「違うわ。あなたは私を見ていない。この何年間か、私のことをあの子の母親としか相手にしていなかった。疲れたとか、明日も早いとか・・・そんなことを理由に夫婦の時間を持とうとしなかったでしょ?少しの時間で良かったのに・・・私は寂しかった。そんなことも気がつかなかったでしょ?そう顔に書いてある」
「・・・・」
二の句が告げられなかった。
「今から・・・気をつけるよ・・・」
やっと絞り出した声に妻は溜息とともに首を横に振る。
「もう、遅いわ。あなたは私が言うまで気がつかなかった・・・。結婚したら愛情が消えていくのを私はただ見ていることしかできなかった。私も努力をしなかったのかもしれない。でも、愛情って努力が必要なのかしら?愛おしいと思う気持ちに努力なんて何もいらないでしょ?だって湧き上がってくる感情が愛だと思うから。そう信じたいから。その人のことをただ無償に愛し抜きたいと思わなくなったら、そこで終わりなのよ」
「・・・・もう君は私にそう思えなくなったと?」
私の言葉に、妻は瞳を瞑って唇を噛みしめながら小さく頷いたのだった。
打ちのめされるとはこのことなのだと思う。
彼女の横顔には私との未来を生きていく意思は見えなかった。
恋慕って結ばれたのに、
築き上げてきたものの儚さを突き付けられた瞬間だった。