<君をつれて・・・>
偶然というのがこんなにも悲しいものだとは思わなかった。
冬の街で出会った僕と君。
もう戻れないなのだと分かってはいても君に声を掛けずにはいられなかった。
「やぁ・・・」
右手を挙げて手を振る僕。
引きつる笑顔の奥では今にも逃げ出したい衝動が渦巻いている。
そして君も微妙な笑顔を返してくる。
なぜ?
そう瞳が語りかけている。
そう、どうして僕は何もなかったかのように君に手を振ることができたのか・・・。
あんな別れ方をしておきながら・・・。あんなに君を傷つけたのに・・・。
3年前の春。僕と君は出会ってしまったよね。
僕には既に妻がいて・・・それでも僕は君を離したくなかったんだ。
そんな「思い」だけで君を手に入れてしまった。
男の我が儘と言われても仕方がない。
まるで美しい蝶を捕まえた時のように大事に・・・、そう、大事にしておきたかったんだ。
世の中には公然とできない関係。それが僕と君だった。
でも、そんな関係が長続きするわけがなく・・・、
君は僕の心の片隅にある妻を感じて、泣きながら別れを切り出したね。
僕がするべきだったことを、君は自分の心を犠牲にして去って行った。
本当は・・・本当は、君をつれてどこか遠くにいきたかった。
でも、それは許されない・・・そして僕にはそんな勇気がなかった。
ただ、それだけなんだ。
君をどんなに好きでも、君を離したくはないと思っていても、
長くは続かない関係だと分かっていても、それでも君を好きにならずにはいられなかった。
「私が奥さんと別れてと言えば、別れてくれるわけではないでしょう?」
震える唇から出た言葉は刃のよう。
僕を切り裂き、傷つける。
降ってくる雨がにわかに強くなり二人の体を冷たくしていった。
僕が答えられないでいたその瞬間、君は僕の手を握り返しそのまま優しく離していく。
これが、別れなのだと・・・もう二度と会うことはないのだと・・・。
そう震えながら言っていたね。
あの日が今、思い出されたよ。
今の君の左手の薬指には光るものがある。
白銀の指輪。それは、誰かと君とがした約束の証。
今、目の前にいる君は、もう僕の知っている君じゃない。
もう、君をつれていくこともできないんだね。
迷っていた僕が、あの時決断ができていたなら何か変っていたのだろうか・・・。
よそう・・・。もう、きみをつれてはいけないのだから・・・。
言葉を発してしまう前に・・・、口から本音が漏れる前に・・・、
今度は僕から離れよう・・・。