Run, with the oil king

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我偲う、故に我在り――こんな硬っ苦しい哲学者の言葉を好きだというのだから、自分はもっと考えられる役者になるべきである。そして、少なくとも気質的には他の新人よりもそうしたタイプの役者に向いていると言えるのではないか。

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TRさんのフィードバックが来た。メールで。でも、TRさんは文章で来る時の方が怖い。
彼は本当に語彙と表現力がずば抜けていて、人に訴えかける力のある人なのだ。今回も畳み掛けるような文体で、心臓に直接グサグサと容赦なく刺してくる感じが正直とても怖かった。

今回のフィードバック、読んでいて涙が噴き出した。それも、嬉し涙に近いような涙が。
読んでてとても怖かったはずなのに、泣いてるときは何故なのか全く分からなかった。

とにかく、随分と長い間流していない気がする、この手の涙をこのタイミングで流してしまったことが意外で、若干悔しい。ああ、自分で泣きたかったのに、TRさんに泣かされてしまったよ、と。

理由に関しては、石油王の役作りに関しての記述が全てだと思う。
以前、挙動不審な役をやってイマイチ手応えが掴めたようで掴めず、封印した経緯があったのだが、寺島さんはそれを成立させることが石油王作りに繋がる、と言ってくれたのだ。

正直最近、自分らしい面白さ、というかもはや面白さって何、と考え路頭に迷うスパイラルに陥りノイローゼに等しくなっていた。そのおかげで毎日稽古がイヤでイヤでしょうがなかった。稽古前も、稽古中も、稽古後も、死ぬほど辛かった。周りが手応えを感じているのに、だ。

何より、この文章で、TRさんから期待されていることを感じることが出来た。石油王という、主役でもないのに名前だけで無駄にプレッシャーをくれるこの重役を、あえて俺に振ってくれたのだ、と感じることが出来た。一人の役者として見られている、そんな感じがした。今までマイナスマイナスに思考が陥っていただけに、このメールには救われた。もう、このメール全部ウソだったよと言われても良い。ウソだと知ってても俺はこれを燃料に頑張れる。ああ、俺はまだ死んでない、生きてるぞ、とすら感じた。意味不明だが。

そして今回のメールで、この休み中に考えたこと、感じたこと、言われたこと、見たこと、聞いたこと全てに、若干ながら一本の筋が通って、これからの方向性が見えた気がした。



とにかく今日は、いつも通り不安な感情で心が埋め尽くされてるものの、少し嬉しい気持ちも混じった状態で寝れることが幸せだ。良い夢を見たい。
外郎売り覚えなきゃ……。
フザけた人間である自分は、フザけた役がよく似合うのかもしれない。う~ん。でも、本当にフザけてるだけじゃダメなんだよなあ。




レポートもうちょい。脚本覚えらんない。そして外郎売りを読み忘れてることに気がついて死亡寸前。
肉練総括のレポートに対するOKさんのフィードバックが来た。電話で。

普段、連絡をしてくれたりするのはTRさんの方で、OKさんからはメーリス以外での連絡がほとんどくることがない。
それだけに、電話の画面がOKさんの名前を写したときの心臓の跳ね上がり方は凄いものであった。

まず、「俺何かしたっけ?俺何かしたっけ?」という走馬灯のような回想である。
「今大丈夫?一人?」という声。ヤバい。超重要なことを言うつもりらしい。そんな……ヤバいことしたっけ……。

「肉体訓練の感想、読んだから。まあ、そのフィードバックみたいな」という声。良かった。俺何もしてない。若干の安堵。

でも、あまりに焦りすぎてメモを用意し忘れる。
OKさんが話し始めてしまったので、咄嗟に近くにあった薬の袋にメモをしてしまった。中の薬がカシャカシャいって筆圧が出ず全然書けない。薬出す。書けた。若干の安堵。
そして案の定、割と早く文字だらけになったのですぐさま大学の保健センターから届いていた封筒にメモ。最初からこっちに書いてよかったなと思った。

終わると何故か咳が多く出た。緊張で肺と気管支が刺激されてしまったようで、電話が終わって気が抜けたせいでまた出始めたのだと思われる。

これだけ慌てながら、電話を通す声だけは平静を装っているのである。客観的に見たら少し面白い。
狙わない、媚を売らない面白さってこういうことかな。

とりあえず、この感情の動きは大切なのかもしれない。よく覚えておこう。




さて簡単にまとめ


・持病との兼ね合いについては俺に一任する
・リスクを恐れない姿勢、前に出る姿勢が足りなさ過ぎる
・全体的に自己満足に終わってる感が強い
・何らかの誇りやプライドを持って、怒られれば良し、という精神を持つこと
・失敗のパターンがいつも同じ。様々な形での失敗をすることが、自分にしかない面白さを見つけることに大きく役に立つ
・筋トレと柔軟は人一倍やるべし



ということだった。

総じて、猪突猛進精神が足りないというところ。
自分でも気付いていたことではあったが、今回、OKさんと話して11日からの方向性が若干見えた気がする。
そして、これからは今回のようにOKが背中を押さなくても、薄々気付いていることを自力で自分のもとに手繰り寄せて対処することが必要なのだ。それが主体性であり、考えられる役者になることの一歩なのではないだろうか。

ありがとう、OKさん。



さて、他の課題をやらないと。




ちなみに、総括のレポート、新人内で一番字数は多かった模様。

普段考えてることをざっと書いただけなんだが……しかもOKさんと話して書き忘れた事項があることすら発覚したっていう。


短くまとめる、というのは苦手だ。
論文を書くときも、大抵は規定字数に収まりきらず、どう削っていけば良いのかという壁にぶち当たる。

どうやらその特徴が今回のレポートにも出てしまったらしい。



他の新人がどんなこと書いたか、気になるなあ
我偲う、故に我あり

ルネ・デカルトの残した言葉で、好きな言葉の一つだ。自分のメールアドレスにも使っている。

こんな硬っ苦しい哲学者の言葉を好きだというのだから、自分はもっと考えられる役者になるべきである。そして、少なくとも気質的には他の新人よりもそうしたタイプの役者に向いていると言えるのではないか。



考えるしかない。正直、考え方もよく分からないのだが。


さて、考えるってどういうことなんだろうか。

端的に言えば、「目的や目標に達するための手段を練る」こと。
考えることありきでは、考えるとは言えないのだ。結果を出すために考えるのであり、結果を出せなければ考えたことにはならない。演劇においてはその結果主義的性格は殊更に強くなるのではないか。

メニューに関しては、きっとそんな難しいことではないのかもしれない。
例えばスパルタンで「距離が足りない」という課題を自身の結果から見出し、「距離を伸ばすためにどうするか」という具体的施策を考える。重心を下げる、とか、スタートカウントの間に勢いを付ける、とか。
それを実際に実行してみて、また結果を見る。足りないようであれば、そのアイデアが正しかったか、または十分に履行されていたか、他に方法はないのか、考える。その繰り返しだ。

ただ、エチュードや台本稽古は勝手が違いそうだ。

これらは課せられる課題をマスターすることで身体感覚を養うためのメニューとは異なり、笑いを取るなど、お客さんを楽しませることが目的だ。
つまり、これらの会話の相手は、自分だけではない。メニューもお客さんに見られてると思え、と言われているが、やはりメニューとエチュードなどの意識には根本的に異なる部分があると思う。

自分は笑いを取るということに凄まじい苦手意識を抱いている。おそらく新人の中でもその意識が強い方だと思っているし、実際、笑いという結果を残したことはかなり少ない。

人はどういう時に笑うのであろう。
予想を裏切られたとき、先が読めないとき、などなど。

そして、個性。
HZやKM、ONが笑いを取っているときに思うのは「仮にこれを俺がやってたとしても、面白くないだろうな」ということなのである。
そして、個性の無い笑いなど、やろうと思えば誰にでも出来るので、役に立たないということである。完全に個性の存在しない笑いがあるのかどうかは、まだ私には分からないが。


気持ちと感情。そして、核。



核、か……。これはきっと個性に繋がるものなのだろう。

もう少しこの核、について色々向き合ってみることとする。