『一生を終えてのちに残るのは、

われわれが集めたものではなく

われわれが与えたものである』



   Byジエラール・シャンドリ


この言葉は作家三浦綾子氏の

『続・氷点』の中で引用されていた言葉ですが、

その後心に残る名言として

多くの人たちに広まりつつあります。


と、ある冊子に書いてありました。



たしかに、残るものは人の心の中ですね。


知り合いが乳がんで47歳で

天国に逝きましたが、

この方は辛い闘病生活でありながらも

私たちに笑顔と優しさを

いっぱいくれました。

その笑顔と優しくしてくれた事が

私の心の中に残ってます。






『落ち込んでも、事態は何も好転しない。』



あるブログに書かれていました。


今の私に必要な言葉の為

ここに記載しておきます。



しかし、この方は言います。

その言葉の続きがありました。


『苦しい時間を過ごし、ようやく這い上がり、

死を意識しながらギリギリの気持ちを

生きるようになってから、学んだ事。

   “落ち込んでもいいんだ” 


落ち込んだら、休んで、

また前を向いて立ち上がればいい。 』



ある程度元気がある時は

水色の思いが思いつくが

死を目の前にした時は

また、考えも変わるんですね。









旦那さん31日まで仕事の為

1日に私の実家に向かいました。

都会はやっぱりいいな~アップドキドキ

なんでもあるビックリマーク



両親には私の病気の事は伝えてません。

知っているのは旦那一人のみ。


片乳の膨らみが違和感ないように

即席パット(フェイスタオルで数枚のパットを重ねて包んだもの)

がづれてないか常にチエックビックリマーク


冬は重ね着でカバー出来るけど

夏は薄着だからどーなる事やらむっ


父は認知症。母、一人で毎日介護してます。

孫を楽しみにしていたが私不妊症で孫は0人。


そんな中私が癌になったなんて言ったら

どうなるのかなしょぼん

どこまでも、親不孝な娘です。

出来れば両親より長生きして

癌の事は知られないといいんだけど‥。


今年のお正月は無治療中の為元気だったけど

これから薬の副作用が出てきたら

からげんきもできないかもね。ドクロ



とにかく


毎日


どんな事が起きても


感謝 感謝 感謝


の気持ちに切り替えられるように

生きていけますようにドキドキドキドキドキドキ









新年を迎えるまでのカウントダウンと共に

私の人生もカウントダウンが始まったんだなぁ

今、まさに新年を迎えるのに

ネガティブな思いが沸いた。


あと何回、旦那とお正月を迎えられるのかな

なんて事を真っ先に考えたよ。


今日くらい、癌の事は忘れたいけど


無理しょぼん



これから始まる薬が怖い。

転移が怖い。



この思いは無くならないけど

私の人生を受け入れて

生きていけますように。



今、この瞬間も病院のベットの中にいる人

食事も摂れず点滴をしてる人

痛みと闘っている人

私より苦しんでいる人が沢山いる。


地球上の全ての人が幸せになりますように。

人と人との争い事が無くなりますように。

人類皆家族。


を願います。






今から5年前に右胸の乳輪の下辺りに

触った感覚で1.5cm位のしこりを発見。

マンモとエコーの結果脂肪の塊と言われた。

石灰化しないようにねと言われ、

ホッとして病院を後にした。



2年前なんとなく、しこりに触れた時

あれ!?なんかデカいものがあるとしこりを感じた。


ガンかもしれないと思ったが、

ガンですと診断されるのが怖くて

病院には行かなかった。


1年前にはゴルフボール位になっていた。

しかし、診断が怖くまたしても

病院には行かなかった。



今年の8月にはテニスボール程の

大きさを感じた。

そして皮膚から飛び出てきそうな感じで

内出血をしたので、これはヤバイと思い

ようやく、10月に病院で検査。


マンモ、エコーをしたが今はどっちとも

言えませんとの事だった。

検査の結果はまだ出ていないが

なぜか、入院の準備を始めていた私がいた。

前空きのパジャマもネットで注文した。

白かもしれなかったのに

検査結果の出る前までに完璧に準備が出来た。べーっだ!



その後

病院から家族と一緒に来てくださいとTELが来た。

家族と‥と言う事は‥



やはり浸潤癌であったことが証明されてしまった。


2つの病院を示され

どっちにするか決めて


次は、術前抗がん剤をするか

手術を先にするかの選択を迫られ

ネットなどで色々調べて

しこりが大きくなり手術が出来なくなるかも

しれない、温存しないのであれば術前抗がん剤は

意味がないと書いてあり怖くて

2015.12月に右胸全摘手術を先にしました。

大きなしこり7.5cmの塊が取れただけでも

よかったです。


傷口は最悪です。

きれいに真っ平らになるものかと

思ってましたがぐちゃぐちゃです。

傷の長さは横に12cm。

ネットで全摘の失敗例で載っていた画像が

私と同じだったのでショックでした。



やはり、2時間と言っていたのに

3時間かかっているし、

研修生も執刀医にくっついて来てたので

これのせいかなとすぐ思った。


でも、私は世の中の為に生きてきてないから

この研修医の役にたてれるならいいんだ

と言い聞かせ

キズ跡を見るたび思うようにしている。


本音は下手くそだと思うが

それだと

自分がかわいそうになるからね。



先日、胸に溜まった排液を注射で

とってきました。210CC採ったヨ。

とる前、家であたしAカップになってる、

ほら

揉めるよ!?と旦那に言ってみた。にひひ

旦那⇒ホントだと一言。



それは排液のせいでした。ショック!



本格的な治療方針を知るのは

2週間後になります。


その間


無治療で~す。ドクロ


再発は2~3年の間が多いですよね


あと、2年は生きれそうかな。


そう言えば

癌と診断されてから断捨離してます。


私には、子供も姪も甥もいないので

残すものはありません。


思い出の写真もシュレッター

HDDの写真も削除中。


ブログ読んでると

5年から20年で亡くなっている感じが読み取れる。


20年でも私、67才

若いよね。


10年でも57歳

若すぎるでないか。



あっちこっち転移して歩けなくなって

痛みと闘っているブログを読むと怖いね。

でも、みなさん苦しい中

前向きで頑張っていた。

苦しいのに前向きなブログは

私もこの方たちのように頑張りたいな。



ネガティブな内容も書いてしまって

申し訳ないです。


良いお年をお迎え下さい。
































晴れ晴れ晴れ


今日はこちらはイィ天気晴れ


昨日は曇りだったから


気分が落ち込んでいたんだなぁと


思いましたよん。


気圧って凄い影響あるから困る汗



天気って私の身体にすごく影響する。叫び



洗濯したけど息切れしなかった。チョキ





脇の創部腫れてる。痛いよん。しょぼん



うぅ~ん‥


なんかちょっと動いただけで息切れする。


手術のせいかな‥


手術のせいとは気のせいかな‥。


創部も痛いよ~


誰か助けて~ショック!


ヨシ、ガンマンしよう。


時か経てば痛みは和らぐだろう。


一日中家に一人ぼっちだから


心細くなっちゃうんだよねしょぼん

(いい年こいてよく言うね)


乳がんになった事は


旦那しか知りません。



でも、抗がん剤が始まったら


バレちゃうね。



強くなれドキドキ自分。


気を落とすなアップ


頑張れ、頑張れ、ジ・ブ・ン!!





2日目 手術を終えて。の続き。


     病室に戻ってからは痰がよく出ました。

     そして、テンションが上がってました。

     すごく、元気でしてた。

     術後なのになんでこんなに

     元気なんだろうと自分で変な感じでした。

     

     私、生きててよかったぁと

     何度も言ってました。


     不安と恐怖の反動で

     テンションが変だったのかも‥。

     多分、そうだと思う。


     昼の12時に終わったから

     明日になるまで長いなぁと思ってました。



3日目 朝10時頃に

     看護師と一緒にトイレで

     しっこの管を取ってもらい

     自由の身になりました。 ヤタッ~馬

     

     創部は痛いので痛み止め貰いました。



4日目 薬を飲みながら暇に過ごした。

     新たな出会いがあるかと

     期待してましたが、

     個人情報保護のため

     一日中カーテンは閉めっきりの為

     他の患者さんとのおしゃべりは

     一切ありまんでした。

     部屋はシ~ンとしてました。

     個室気分でした。

     ちなみに、乳癌は私だけでした。

     乳癌友出来るかなと

     期待してたんだけどねしょぼん

     

     


5日目 ドレーンが取れました。

     私は、まだ排液が50~70cc

出ていたので

     付けていたいと言ったのですが

     細菌が入ると良くないのでと説得され

     外しました。


     シャワーに入れました。


6日目 退院に向けて心の準備をしました。


7日目 もっと入院していたかったけど

     退院させられました(笑)

     快適な入院生活でした。


今、このブログ書いてて

これからもと言うか

一生癌と闘って行かないといけないんだと

思うと気分が落ち込んじゃった。ダウン


がんばれ自分アップ






1日目  手術前日に入院。


日目  手術当日

      朝7時半から手術用の点滴用針を刺す。

      がっビックリマークしかしビックリマーク

      私、おデブだからか

      目標の血管が探せないのだあせる

      1人の看護師40分位苦戦するも

      その間4回グリグリ刺された汗

      看護師⇒『血管が元気だからにげちゃうのよ‥』叫び

      看護師が血管と相性もあるからと言って

      別の看護師を連れてきてまた、

      グリグリやられる。

      がビックリマークしかしビックリマークまたしても失敗

      針がささらないと言う事で誰かに相談の末

      手術用の太い針がダメだったので

      細い針に変更されました。

      細い針だと何かあった時に

      輸血が出来ないと言ってました。

      1時間位かかってようやく針刺さりました。しょぼん

      9時からの手術の為

      看護師も私も焦ってました。

  

      他の方も、手術の1時間半まえから

      点滴をしてましたが

      私は、30分の点滴となった。

      不安だった。

  


      8時55分に看護師が来て

      手術室まで歩いて行きました。

      なんと、ピッタリ9時グッド!すげ~。

     

      名前と切る場所の確認をしていざ手術室へ。


      イヨイヨ、初体験の全身麻酔ドキドキ

      麻酔の先生⇒大きく深呼吸して~

      私⇒あれ‥2回したけど眠らない叫び 

      まさか、麻酔効かないのかなあせる




      そんな事を思っていたら

      『手術終わりましたよ』の声が聞こえて

      うそ、まじ叫び

      もう、終わったのって感じでした。

      全然痛くなかったぁ。アタリマエデスガガーン



      でも、ベットで運ばれてる時から

      叫びたいほど痛みが来て、

      痛い、痛いと訴えて肩注射をしてもらって

      我慢出来るほどの痛みになりました。     


      ここの病院はICUがないので

      普通の相部屋の病室に戻りました。

      時間を見たらちょうど昼の12時でした。

      オイオイ、3時間もかかったのかよ叫び

      2時間と言っていたのに。 





今日。


退院しました。


右のおちち、無くなりました(_ _。)


大きな腫瘍がとれたので

一先ず乳房から破けて

出てきたら怖いという心配が

無くなったのでひと安心です。