娘には彼氏もいるし、可愛いし、そこそこ頭もいいしということで、娘がそのうち結婚して子供を産んで、孫を見せてくれて、なんていう漠然とした夢をみていた。娘の出産は私がお手伝いしなくちゃね、なんてママ友と話していた。それは全て飛んだ。生きてさえいればいい。他のことは全て諦めた。何にも望まないと思った。人生設計が狂ったけど、それは誰のせいでもない。そうやって、全てを諦めた時に、別にそれでいいんだって思った。「予定していた」とは勝手に私が「予定していた」のであって、「予定されていた」ことではなかったんだ。万が一娘が私より先に死んでしまっても悔いを残させないように、「今」、今を大事に大切に生きさせようと思った。そうすると甘ったれる気持ちが消えて、今、娘に伝えたいことを言葉を選び、話すようになった。一日に何回も「愛している」ということと「産まれてきてくれて嬉しい」ということを照れることなく言葉で伝えた。娘以外の他の人にも同じだ。心をこめて話すようになったし、嫌な人とは付き合わなくなった。だって時間の無駄だからだ。明日生きてないかもしれないなら、好きな人と好きなことだけして好きな話をしていたい。