日曜日朝のフジテレビでビートタケシがテレビに出てバイク事故について話をしていた。
今でも昏睡状態でこの現実が夢で目を開けたら病室なんじゃないかという話。
臨死体験、というか瀕死体験をしたことがある人の話に興味が湧く。
その体験をすると、人生観が変わったりとか、それまでの生活と何かが変わるとか…
私も一度死にかけたことがある。
大学時代に中国に留学をしていて夏休みに約1か月近く、鉄道、バスに乗ってバックパッカーを友人としていた。その日瀕死に直面したのは、旅も前半戦最後の内モンゴルについて2日目のことだった。
内モンゴルに入るまでには、当時北京に留学をしており、真夏でとてつもなく暑かったので少しでも涼しいところへということもあり、東北地方へ旅に出たのだ。
北京→大連→長春→ハルピン→チチハル→フフホト(内モンゴルツアーに参加予定)→帰北京 という工程
これを全部説明するととんでもないことになるので、また今度ですが、チチハルからフフホトまでが鉄道で確か30時間以上乗ったのだ。ちなみにチチハルは観光地でもなんでもない感じで、フフホト行きの鉄道があるというだけでハルピンから北上し1~2泊したのだ。
そうだ、思い出した!ハルピンの旅行会社に騙されでも取れたチケットは、“席なし”=寝台でも座席もない乗車券。
とにかく乗るしかない!乗ってしまえば、その乗車券とパスポートをふりかざして寝台券を中で何とか買おう!という話に友人となった。(当時の「地球の歩き方」にはそう書いてあった。政府要人などの臨時用に高いほうの寝台列車が空いていることがあり、お金を積めば買えると・・・)
高いほうの寝台列車に何とか滑り込めたが、30時間以上乗る・・・ひたすらごろごろしたり、前の席の子どもと遊んだり、目的地のフフホトにつくとくたくた、地面が揺れている状態。若かったこともあり、疲れたというより旅に酔っている状態で、そこで北京から合流する友人を待っていた。
友人と合流し、久しぶりに3人での食事を堪能!内モンゴルのヨーグルトを食べたり竹筒に入ったちまき風の炊き込みご飯を食べてきゃっきゃと喜んでいた。が、その晩・・・
私はトイレに入ったまま、出ることができなくなった。友人2名と同じものを同じだけ食べてきゃっきゃと少し前まで喜んでいたのに!次の日の早朝には内モンゴルの草原ツアーがあるのに!
吐く下痢、吐く下痢、もう出るものはありませーん!!!
ホテルのトイレを占領している私を気にして、外で友人二人は、
「だいじょうぶー??珍しいよね~私たちはしょっちゅうおなか壊すけど、あの子、ほとんど壊したことないから・・・でも体の中に残しておくより出しちゃったほうが良いよね~」とテレビを楽しそうに見ながら会話をしている。
あなた方のいつもの壊れ具合とは何かが違うようだ・・・と、私もうっすら気が付いていました。
口からは妖怪人間のような緑の液体がではじめたからだ・・・
そんなこんなで夜8~9時ぐらいだったろうか、友人2人と次の日からお世話になる予定だった旅行会社のオッチャンが車をだしてくれ、ホテルに泊まっていた人(又はホテルの人)が私をおぶって、大きな病院に連れていかれました。
当時、日本では、O‐157が流行っており「日本人のお腹が壊れた人=O‐157」と疑われ、病院でも看護婦さんが「検査!検査!」ともう出ない便を取りたがったり、血液検査をしたりと、なかなかゴールのお医者さんまでたどり着けません。手足がしびれ、しまいには歩けなくなり友人に引きずられながらやっと診察室にたどり着くと、今度は看護婦が血圧を取り始めた。私は、陣痛にも似た(経験がないが)痛みの波に耐え、「痛いーーー痛み止めとかなんかないのーーー」とほぼ叫び状態。
血圧を見た看護婦の表情が一瞬こわばり、ばたばたゴールの医者まで話に行く、医者もあわてる。
このとき血圧は上が確か70を切っていたように記憶している。(実家にはその時の診断書なるものが残っているはずなので探しておこう)
痛み止めの注射を打ったころからの記憶がもうない。
次の記憶は、とってもまぶしく明るい部屋、布団には友人がうつぶせで寝ている。
気を失って、起きたのは昼過ぎだった。友人曰く「点滴の瓶を5本うったんだよ~」らしい
瀕死を味わったのだ。
そしてその時気を失う瞬間の記憶を今でも鮮明に覚えている。
それは一瞬だった。
私が死んで、こんな内モンゴルに両親が遺体を取りに来るのは大変だろうなー、北京に送られて合流かなー、真夏だし腐っちゃうよねーという感情と飛行機から遺体が入った箱がグルグルと紐にまかれて機械で下される画面だ。
きっと、私は遺体を取りに来る両親に怒られるなーという思いでこちらの世界に戻ったのではないかと考察している。
ビートタケシみたいにその後の人生に影響があったかと言えば、そのころハタチだったの変化途中だったせいか劇的な変化については判断ができない。でも、一回死んだかも、という気持ちはどこかにある。
そして、たまに飲みの席でこの話をしてしまう・・・