習慣化されていること程言語化されてない誰かに教えてもらい『それはいい!』と続けていき自分の習慣になっている行動をふと『誰にどのように教えてもらった?』と、言葉として探すとその文章どころかどのような言葉だったかも思い出せないことに気付いた誰かの何かのことも自分の中に落とし込むと自分の表現が自分の編み出した言葉がピッタリ当てはまる誰かの何かの言葉通りにしなくても本当にピッタリくるものは自分が知っているのかなぁ