人生の選択
子供のこと、治療のこと、しばらく放置していますね 今日の記事は、ずっと考えていることを文章にしてみたのですが 上手くまとまらず、書きっぱなし状態です それでも一時的な感情じゃなくて、しばらく思ってたことをワーッと書いたので 長いけど、治療を見守ってくださってるブロ友さんに読んでもらえたら幸いです モチベーションが上がらない、と言うべきなのか なんというか、もう子供が欲しい、育てたいという気持ちが・・・薄れてます 年齢もあるのかもしれません どんなことがあっても、つらくても、という情熱やパワーが衰えました 子供が欲しいと思って、病院デビューをしたのは29歳の終わりです 35歳まではがんばろうと、子供のためなら、とがんばることができました そろそろあきらめようかと覚悟を始めた34歳になって妊娠、流産 だからまた希望を持って走り始めたのだけど 休みながらの治療とは言え8年を超えているのだから、疲れて当然 こんなに長く治療している人は周囲にもいません 数年前から、半分は「子供はもういいかも?」と迷っていたものの 「また気持ちが変わるかも」とも思い、日々あれこれ考えいました でも、長い時間をかけて考えても、子供を持つことに消極的になるばかり この数ヶ月の間に、友人・ブロ友さんの赤ちゃん5人に立て続けに会いました もちろん可愛いのでいっぱい抱っこもさせてもらったりしたのですが 「可愛い~♪」というのと「私も欲しい」という気持ちは、別モノになってました 以前ならどうしようもなく子供がほしくなったはずなのに 私の中で、自分の未来とはなんだかもう重ならない感じ 子供が好き、相手をするのも好き、だからママになりたいと思ってたけど 遊んであげるのと、生活は別なんですよね 不育症のことがもっと早く分かっていて、あと3年でも若かったら違ったかな もう、何かを我慢してまで子供を・・・という気持ちに今はならないのです 何かって言うのは金銭的なこともあるし、もし産めたとして起こり得るいろんな何か それに対応していける能力や、精神力、体力が私には備わっていない 10年先、15年先の自分の年齢や生活を考えると、不安だらけです 震災のあとで『震災孤児』がもしいたら、自分たちが育てられないだろうかと 軽々しくも、少し考えてしまったのですが よく考えて、大事な命を預かるなんてやっぱり自分にはできないと思ったんですね でも、それって、自分の子であっても同じことで 責任持って育てていけるか考えたら、今の私にはちょっと自信がないのです こういう考えに落ち着いてきてから、ずいぶん時間が経過しているし 悲観的なわけじゃなくて、むしろ二人暮らしにちょっと楽しみを見出してます 自分たりが子育てに向いてるかどうか、今さらながら冷静に分析できたりして 今年いっぱいで治療をやめると宣言したけれど このまま楽しく二人暮らしでもいいんじゃないかな~と ・・・なのですが ひとつ問題があって、凍結受精卵が1つ病院に残っているのです お迎えに行かずに終わらせること、私にできるでしょうか 期待できない&気持ちが乗らない治療に数十万円かけることに抵抗もありつつ 気持ちのケジメとしてやるべきかと・・・・ 二人で暮らしていきたいという気持ちになってるのに治療する意味はあるのか、とか こんな気持ちで万一妊娠したら、見えてきた人生設計はどうなるのか、とか 今さらのようにちょっと悩んでいます 廃棄はあまりにも心苦しい・・・なので、一応14回目に向けてテーマを作りました 夏が終わるまでには結論を出したいと思ってます すみません、文章にまとまりがないままで 明日は、主人と青春18きっぷでおでかけしてきます 久しぶりの1泊旅行なので、楽しんできます~