藤崎ルミ子の古代史ブログです。

どうぞお読みください。

 

○邪馬台国の姿

 

「ルミ子さん、邪馬台国に住む倭人って、どんな姿をしてたんでしょうね?」

 と僕は聞いてみた。

 初歩的な質問だが、僕は超初心者、ルミ子さんは熱心な古代史フアンで研究家だ。

 

 待ってました! とばかりにっこりしたルミ子さんは、

「魏志倭人伝にはこう書いてあるの」

 と記事を紹介してくれた。

 

 倭人は皆黥面文身す。

 男子はみな顔や体に入れ墨し、墨や朱や丹を塗っている。

 入墨は国ごとに異なって、左だったり右だったり、あるいは大に小に、階級によって差が有る。

 

 夏(中国の王朝)の王の少康の子が、會稽に封ぜられた時、断髪して入墨をし、蛟(みずち)の害を避けたという。

 今、倭の漁師も好んで水にもぐって魚や蛤を捕り、身体に入墨をして大魚や水禽を避けていたが、後には飾りになった。

 

「入れ墨は魔よけでもあり、飾りでもある。出身の国や村を表して、階級もわかるようになっていると書いてあるわ」

「入れ墨…ですか」

「ええ、みな皆黥面文身すと書かれているから、邪馬台国や邪馬台国連合の人たちは、みんな入れ墨していたのよ」

 

 そっか、邪馬台国連合の人たちは、みな入れ墨していたのか…。

 

「そして服装はこう書かれているわ」

 

 男子は皆髷を露わにして、木綿を頭に巻いている。

 その衣服は幅広い布を結び合わせているだけで、ほとんど縫われていない。

 婦人は髪に被り物をして後ろで束ねて、衣服は中央に孔をあけた貫頭衣である。

 

「頭に鉢巻をするのは汗が目に入らないようにするため。南の習慣ね」

 とルミ子さん。

 

 稲、紵麻(からむし)を植えている。

 桑と蚕を育てており、糸を紡いで上質の絹織物を作っている。

 

「あっ、もう絹織物があったんですね」

 

 牛・馬・虎・豹・羊・鵲(かささぎ)はいない。

 矢は竹であり、矢先には鉄や骨の鏃(やじり)が付いている。

 

「へー、鉄の鏃か」

「その頃、弥生時代には、九州ではもう鉄の精錬が行なわれていて、鉄器を使用しているの。幾内では弥生時代、まだ鉄が入っていないわ」

 

 土地は温暖で、冬夏も生野菜を食べている。 みな、裸足である。

 身体に朱丹を塗っており、あたかも中国で用いる白粉のようである。

 真珠と青玉が産出する。

 

 人々は酒が好きである。

 敬意を示す作法は、拍手を打って、うずくまり、拝む。

 

「どう? 倭人の暮らしが浮かぶ?」

「なんか想像できますね、その頃の人の様子が…」

「そうでしょう。色んなこと、よく書けていると思うわ~」

 感嘆したように言った。

 

「なぜ古代の人が、体に朱丹を塗っていたか、わかる?」

「おまじないですか?」

 

「日本は森林地帯でとても虫が多かったの。横になって10分もすれば体中に虫がたかって夜眠れないくらい…それで虫除け効果のある朱を塗っていた、と言う説もあるわ」

 

「へ~そうなんですか。その頃の人も、酒が好きだったと書かれてますね」

「そうね、縄文人は酒に強い遺伝子を持っている人が多い事がわかっているのよ」

「色んなことがわかるんですね」

 

 ほほ笑んだルミ子さんは、

「倭人は水に潜って貝を採る、って書かれているでしょう。これにも考古学的な裏づけがあって、縄文人・弥生人共に、サーファー耳の人が多いとわかってるの」

 片山一道氏「骨が語る日本人の歴史」より。

 

「サーファー耳ってなんですか?」

「水に潜る海女や海男たちがなる耳の骨の形で、それが縄文人から弥生人へと受け継がれているんですって。東北の縄文人にも、この海人耳が見られるのよ」

 そっか、倭人は海に潜るのが得意なんだ…。

 

 

○鞍馬の火祭り

 

 京都の鞍馬の火祭り。

 いさましく立った多勢の男性たち。

 裸にフンドシ姿で腰に短い腰みのをつけ、額には布の鉢巻を巻いて、布を肩から下げ、体にぴたっとした肩の上部と腕だけをおおう、短い色鮮やかな柄シャツを着ている。

 

 

写真サイト 美しい日本、この一枚
http://kono1.jp/festival/festival5487 

 

「祭りや神事には、古い記憶と姿が残っているのよ」

 

ルミ子さんは、男たちが着ている、体にぴたっとした肩の上部と腕だけをおおう短い柄シャツを指差して、

 

「私はこのシャツは、入れ墨の名残だと思う」

 きっぱりと言った。

 

「私の目にはそう見えるの」

 えーっ。

「そっか、これが入れ墨の名残だったのか!」

 目からうろこだ。

 僕はルミ子さんの眼力に感心して呻いた。

 今までそう言う目で、眺めたことがなかったからだ。

 

「7世紀に書かれた倭人伝にも、この頃の倭人たちはまだ多く入れ墨をしていたと書かれているわ」

 

○7世紀の倭人伝より。

 

 楽器には五弦、琴、笛がある。

 男女の多くが臂(肩から手首まで)、顔、全身に刺青をし、潜水して魚を捕る。

 仏法を敬い、百済で仏教の経典を求めて得、初めて文字を有した。

 卜筮を知り、最も巫覡(ふげき=男女の巫者)を信じている。

 肩から手首までの臂の位置は、鞍馬の火祭りの人々の着ている柄シャツと同じ位置なのが、興味深い。

 

「この祭りだけではないわ。祭りに参加する民衆の姿は、多くが裸同然の姿をしているのよ。東北の祭りだって、男たちはフンドシ一丁の裸なの…」

「そういえば、裸がいけないってポスターが駅から外されて、話題になったことがありましたね」

 

「あれは黒石寺ね。山形に裸の(やや祭り)があるわ」

 ルミ子さんWEB画面で写真を見せてくれた。

 

 

○東北の裸祭り

 

 木々や地面に雪がつもる、厳寒の冬の山形。

 少年や青年たちは、上半身裸、腰に腰みの、頭に白い長い鉢巻をたらし、足は素足に藁草履のみ、の姿で立っている。

 

 それだけでも寒そうなのに、さらに水をかぶって、町村をまわって神社に詣でる…。

 

「こ、こんなに寒いのに裸ですか!」

 正月の行事だと言う。

 伝統を重んじるその姿に感動した。

 

「東北にも残っているんだ…」

「他の祭りの写真でも、神輿をかつぐ民衆は裸に近い姿で、圧倒的にその数が多いわ」

 

 確かに画像検索で(裸祭り)と入れれば、わんさと全国の裸祭りの画像が出てくる。

 

 確かにそう言われてみれば、一枚の祭りの写真から多くのことが読み取れる。

 

「鞍馬の火祭りは京都の祭りですよね。やや祭りは山形…裸にフンドシ、鉢巻姿の倭人たちは、九州の邪馬台国連合群の人だけではなく、本州にもいたと言うことですね?」

 と僕は質問した。

 

「そうなの。入れ墨をした人の埴輪は、本州にも各地に残っているのよ」

「うーん、なんとなく浮かんできました。古代邪馬台国の倭人の姿が…」

 

ルミ子さんは、

「言葉で言うと、日本の言語はめずらしい母音言語で、これは世界中で日本とポリネシアの国だけなのよ」

 ポリネシア!

 これも驚きだ。

 

「母音言語ってなんですか?」

「言葉が全部母音で終わるの。たとえば、BOOKみたいに子音で終わる言葉がない」

 ルミ子さんは、それは後のお楽しみ、と言う風に、

 

「それは次回に詳しく話すわね」

 と告げた。

 

 楽しみだ!

 

 

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古代史の謎、たくさん解いています。

読んでくださいね~。