久しぶりの朝の出来事です。
朝6時頃、僕は仕事に向かうために家を出て、これから車を出すところでした。集合住宅の機械式駐車場なので、誰かが車を動かす間はほかの車が動かせず、少し待つ時間があります。そのとき、駐車場で車をしまうおばあさんと出会いました。おそらく畑から帰ってきたところで、手には朝採れた野菜がたくさん入ったバケツを抱えていました。ゆっくり駐車場を歩く姿からは、重さよりも生活の充実感が伝わってきます。
僕はまだ車を出せないので、少し待ちながらおばあさんを見ていると、にこっと笑いながら「おはようございます。少し待っててね」と声をかけてくれました。朝の慌ただしい時間に、こうしたさりげない気遣いは、ほんの一言でも心に響きます。駐車を終えたあと、おばあさんはバケツから茄子とにんじんを取り出し、「今朝採れたばかりだから、よかったらどうぞ」と手渡してくれました。その瞬間、ただの野菜のやり取りではなく、生活の丁寧さや日々の積み重ねから生まれた優しさだと感じました。
その日の仕事は少し忙しく、帰宅した頃には疲れも溜まっていました。しかし、いただいた茄子とにんじんで軽く炒め物を作って食べると、朝のやりとりが思い出され、心まで満たされるのを感じました。野菜そのものの香りや甘さも格別で、体だけでなく心にも力が湧いてきます。「ああ、まだまだ頑張ろう」と自然に思えた瞬間でした。医師として日々患者さんを診る中でも、こうした小さな優しさが人の心や行動に与える影響の大きさを実感しています。
優しさは派手でなくてもいい。目に見えない小さな行為が、確かに巡り巡って誰かを支え、また新たな優しさを生み出していく。朝の駐車場でのほんの数分の出来事が、僕にそのことを改めて教えてくれました。