たまのご飯とか、何か買ってもらったりとか、というのはたまにはあったけど、自分で働き、自分で生活費をどーにかし。っていうのを、こんな私でも、五年間やってこれた。ほんとすごいとおもう。五体満足に産んでくれた両親のおかげ。
私は2歳の時に、化膿性髄膜炎を、体験した。その時の話をよく亡き母は、していた。
一旦心臓が止まり、息を吹き返しても、半身不随は、覚悟してください。と言われたとか。父と母は、私が生きてくれとその時願ったのだと。周りの誰もが思ってたんだと。最後の賭けで先生がある注射打ったところ、息を吹き返し、手足も動くようになった。だから、今こうして元気なんでしょうが。って。奇跡だったんだよ。今あることが。と言われていた。
結婚も一度でき、子供も三人産めた。大奥でいうと、おはら様。😦
嫌なこと、辛いことを経験した中に、嬉しいこと楽しいことも沢山あって、出会いや、別れを繰り返し、今がある。
合わなかった人、会うべきではなかった人。多々。笑。
その中で毎回言われる。「人の人生は、こうなるんだと決められて、生まれる。だから、そうとしかならないようになってる。だから、しかたないんだと、何が起きても諦める。それがだいじなんだよ。」って。
私に生きてと願ってくれた人達が人生で一人でもいてくれたんだと、改めておもう。
生かされてる意味を考えながらいきていこう。