真魚人姫(まなひとひめ)真魚人姫 王女が恋をしたのは城の池に棲む肺魚だった。悲嘆する家臣達を尻目に、彼女は終日(ひねもす)池の畔に蹲り、餌の酵素を撒いては叶わぬ恋に落涙するのだった。涙が乾くと目を擦り、また涙を零した。 ついに彼女は城の塔の一室に幽閉された。だが涙に含まれていた彼女の細胞は肺魚の元まで辿り着き、そこで不思議な能力を持った酵素に出会うと、その酵素に自らのDNAを託した。 それ以来、肺魚の遺伝子には解読不可能な配列が存在し続けている。(終わり)文字数200
a crabifixiona crabifixion 故無き咎に因りて我が救い主は死に給わんとす。労しや、四肢を其々二股に裂き、八脚の蟹に見立てる処刑法ー蟹刑を受け、御身を血で浸し口元を泡する様は、痛々しくも蟹そのもの。斯様な酸鼻極まる弑逆に喜々として勤しむ者共こそ、地獄の業火に灼かれるべきものを…。 だが見よ! 裂傷すら聖痕に変え、救い主が御身を震わせ自らを蟹の化身へと変成させていく様を。すると先程臀部からひり出された茶色い物体も、蟹の卵であるに違いない。神は無限であるーhosanna.(終わり)文字数214
カゴメカゴメカゴメカゴメ 籠の中のような孤島の因習のために交際を禁じられたふたりはまるで籠の中の鳥に似ていた。「いつ?」「いつか…」人目を忍び、密やかに嘴で交わされる愛の囁きは、いつしか島を出やる日を夢見、機会の到来を夢見る。 やがて夜明けの晩の出現ー鶴首していた金環日蝕の怪異に慄く島民達を尻目に、女はその流行り病の患者を沖へと流す亀甲船に乗るためケチャップの血を吐く。カゴメカゴメ。しかし女を抱え波止場へと急ぐ途中、男は女が手にしているケチャップの封が切られていない事に気付くと、その場に崩れ落ちた。(終わり)文字数239
狼男狼男 ふたりの結婚は平凡そのものだったが、唯一違っていたのは男が狼男だったと言うことだ。とは言え、それは大した問題ではない。何しろ男の変身ぶりときたら徹底的で、爪の先まで完全に狼になってしまうからである。 そこで満月の晩、男は昼の内に買っておいた羊の肉を抱え、内側のドアノブを外した部屋に入る。月が中天に懸かる頃、男の部屋から賑やかな物音が聞こえてくる。女はそれに耳を傾けながら眠りに就く。(終わり)文字数199
Over The RainbowOver The Rainbow 気づくと彼女は虹のアーチの頂上の縁に腰かけていた。「さすがに…」―虹の目映さに目を細めながら、彼女は独り言つ―「こんな夢を真に受けるほど子どもじゃないわ」。しかしいくら揉んだり叩いたりしても、虹には確かな手応えがあり、彼女が思い切って立ち上がった時も、彼女の両脚をしっかり支えていた。 覗き込むと真下では電車が線路を走り、そして通りを行く人々はみな足を止め、自分の方を見上げて指差している。「仕方ないわ。私だって事の成り行きが全然分からないんだもの」 しかし彼女は少し勘違いしていた。通行人たちが見上げていたのは、彼女よりもやや下の方、駅ビルの屋上の辺りだった。人々はこんな会話をしていた「あそこから?」「そう、フェンスに少し隙間があったんだって。そこから…」「まぁ。まだ若いのに…」(終わり)文字数341