ノロウイルスにやられたでございます。
便器に膝まつき、許しを請う姿はまさしく呪いにかけられたかのようです。
まず甥っ子が呪われました。
一歳の彼をも容赦なく呪い
その彼のゲロを片付けた私の妹が次に呪われました。
そして妹の旦那とその母親も呪われました。
そのため私の母は甥っ子の面倒を見ると言いました。
甥っ子が家に来ました。
私が、呪われました。
ゲロに次ぐ下痢
下痢に次ぐゲロ
上から下から、どっちから出すべきか…
改めて人生は選択の連続であることを感じました。
しかし、聞いたところによると、どっちから出そうと悩めるのはまだ軽い症状で、幸せな方だと聞きました。
私の知り合いは、便器に座り下痢を垂れ流しながら、洗面器を持ちゲロを吐いていたそうです。
これを聞くと
まず下痢にしようかなぁ
それともゲロにしちゃおうかなぁ
なんて悩めるだけ、私は幸せなのでございます。
私は幸せです…
明けましておめでとうございます。
今年はじめて1月1日に某神社へお参りへ行ってきました。
今年をいい年にしたく、行ってきました。
その神社には今年をいい年にしたい奴等で溢れかえっていました。
おいおいこんなにいるのかよ…と唖然としました。
駐車場に車を停めるのに30分くらいかかり…
巨大な川のように人が並んでいて参拝
までくそ寒い中約30分くらい待ちました…
無事にお参りし、
見事に体調を崩しました…
くそ寒い中並んだせいでしょう…
神社へお参りへ行き、風邪をもらう。
ことわざにしてもいいのではないでしょうか。
今年もよろしくお願いいたします。
今年はじめて1月1日に某神社へお参りへ行ってきました。
今年をいい年にしたく、行ってきました。
その神社には今年をいい年にしたい奴等で溢れかえっていました。
おいおいこんなにいるのかよ…と唖然としました。
駐車場に車を停めるのに30分くらいかかり…
巨大な川のように人が並んでいて参拝
までくそ寒い中約30分くらい待ちました…
無事にお参りし、
見事に体調を崩しました…
くそ寒い中並んだせいでしょう…
神社へお参りへ行き、風邪をもらう。
ことわざにしてもいいのではないでしょうか。
今年もよろしくお願いいたします。
27歳という若さで、一人の女性がこの世を旅立って行った。
その子について、少し書きたいと思う。
彼女と初めて会ったのは病院だった。
彼女と俺は共に白血病に犯され
共に病気と戦った仲間だった。
俺も彼女も共に骨髄移植を行った、まず俺が移植し、その一週間後に彼女が移植した。
移植前の前処置はかなりしんどい、移植前に投与する抗がん剤はエンドキサンといいかなり強いやつをやる。
ドラマの用に抗がん剤で吐くことはあまりない、なぜなら今は吐き気止めも進化してるため、ほとんど吐くことはない。
しかしこのエンドキサンは吐き気止めが効かない、そのくらい強い吐き気を催す。
そしてこのエンドキサンを二日間やり、今度は放射線の全身照射を三日間それぞれ朝と夜30分浴びる。放射線を浴びれば浴びるほど身体が重くなり、脳ミソが浮腫み頭痛がした。
その前処置を経て、骨髄移植となる。
年齢や病気にもよるが、これが骨髄移植までの流れとなる。
彼女はこの従来の骨髄移植の前処置にプラス抗がん剤を二日間追加するというという治療だった。
この治療を俺たちが入院してる病院で行うのは初めてと言っていた。
彼女は病気が珍しいタイプだったため。従来の移植かこの移植か、この選択を移植前2週間くらいの時に迫られていた。そう、どっちがいいかは自分で決めていいということだった。
前処置の弱ってる身体に抗がん剤二日間追加するというのは、かなりきつく、身体へのダメージはもちろん、いろんなリスクも高い。
でも彼女はきつい方を選んだ。
自分がこの治療で成功し、自分と同じ病気になった人たちを安心させたいから…そう言っていた。
過酷な移植をお互い励まし合い乗り越えた。
俺の方が先に移植したが、あまり経過が良くなく、
先に彼女が元気に退院していった。
それから一月後に俺が退院した。
そして、退院後、移植の副作用が彼女を襲った…
見るからに衰弱していく姿が、副作用の強さを物語っていた。
骨髄移植をするとドナーさんの血液が自分の身体を攻撃するという副作用が起こる。
移植片対宿主病いしょくへんたいしゅくしゅびょう(GVHD)を発症する。
文字どおり、移植片と宿主(自分の身体)が対決するという病気だ。簡単にいうと拒絶反応だ。
しかし、この拒絶反応が発症してると、本来の白血病の再発を防げる可能性が高くなる。
この拒絶反応にはそういったいい効果も期待できる。
ドナーさんの血液が自分の身体を攻撃しているということは、悪い細胞にも攻撃してくれているという考え方だ。
彼女は本来の病気が酷かったため、この拒絶反応をかなり強めにだしていった。
血液は全身にあるため、この拒絶反応がどこに出るかはわからない。
俺は入院が長かったため、様々な拒絶反応を観てきた。
全身の皮膚が火傷したように、真っ赤になった人
顔の筋肉が動かなくなり、表情が消えた人
記憶障害を起こし、おかしなことをいい始めた人
半身麻痺になった人
あげればきりがないが、ひどい人はかなり酷くなる。
俺は比較的軽く、目と口が乾くといった弱い反応だった。
彼女は退院後、殆ど拒絶反応と戦っていた。口の中のいろんなとこに口内炎
ができ、身体の筋肉が硬化し、関節が曲がりにくくなった、胃にも拒絶反応が起き胃痛の状態が続き、しまいには目を攻撃され、角膜が剥がれかけサングラスを常にしていた、そして、肺に拒絶反応がでて、彼女は常に咳き込んでいた。話すのが辛い時もあった。
これらが出たり、引いたりしていた。
ここまで強く拒絶反応をださなきゃ本来の白血病が抑えることができなかったのだ。
けど、彼女はみんなの前でいつも笑っていた。
彼女がいると周りが明るり、元気になる、そんな存在だった。
退院後、彼女の調子がいい日はあちこっち出かけた。
いろんなとこ遊びに行った。
病院のベッドで寝ていた分を取り戻すかのように、出かけた。
たくさん出かけた。
たくさん遊んだ。
たくさん話した。
たくさん笑った。
病気になったおかげで、一生の親友ができた。
俺はそれが嬉しかった。
でも、彼女は宣告されてしまった…
「再発」と
あんなに過酷な拒絶反応と戦っていた彼女に、再発という宣告はあまりにも酷だ。
でも彼女は病院から俺に電話で大丈夫きっと治し、奇跡を起こすと言って笑っていた。
再発=死
俺たちはこれを知っている。
遠回しに死刑宣告されたようなもんだ。
そんな中でも前向きにやろうとしている彼女は改めて強いと思った。
そして亡くなる一日前、彼女に面会しに行った。
そこには変わり果てた彼女がいた。
意識は混濁し、言葉は支離滅裂で、まともに話せる身体ではなかった。そして何よりあまりにも痩せた姿に胸が痛くなった。
彼女の旦那さんと弟は辛い顔も見せず、彼女の看病をしていた。
俺はかける言葉が出てこなかった。
しかし意識が混濁しながらも、彼女は諦めていなかった。
言葉は支離滅裂でも諦めていないことはわかった。
ありがとう。
俺は涙をこらえて彼女に言った。
これが最後となった…
彼女は苦しまずに息をひきとった…
27歳という若さで旅立って行った。
たくさんの人たちが彼女を見送りにきた。
たくさんの人たちが涙を流していた。
でも彼女だけは笑っていた…
冷たくなっても、笑っていた…
あの葬儀所で唯一笑っていた…
最後まで笑っていた…
「私は殺されることはあっても、負けることはない」と、ヘミングウェイは言った。
彼女も病気により死んでも、病気に負けることはなかった。
彼女を側で観てきた一人として、俺はそう思ってる。
最後に彼女が気づかせてくれたことに、自分の人生の最後の時まで忠実であろうと思う。
ありがとう。
どうか苦しみから解き放たれ、安らかな眠りを…
その子について、少し書きたいと思う。
彼女と初めて会ったのは病院だった。
彼女と俺は共に白血病に犯され
共に病気と戦った仲間だった。
俺も彼女も共に骨髄移植を行った、まず俺が移植し、その一週間後に彼女が移植した。
移植前の前処置はかなりしんどい、移植前に投与する抗がん剤はエンドキサンといいかなり強いやつをやる。
ドラマの用に抗がん剤で吐くことはあまりない、なぜなら今は吐き気止めも進化してるため、ほとんど吐くことはない。
しかしこのエンドキサンは吐き気止めが効かない、そのくらい強い吐き気を催す。
そしてこのエンドキサンを二日間やり、今度は放射線の全身照射を三日間それぞれ朝と夜30分浴びる。放射線を浴びれば浴びるほど身体が重くなり、脳ミソが浮腫み頭痛がした。
その前処置を経て、骨髄移植となる。
年齢や病気にもよるが、これが骨髄移植までの流れとなる。
彼女はこの従来の骨髄移植の前処置にプラス抗がん剤を二日間追加するというという治療だった。
この治療を俺たちが入院してる病院で行うのは初めてと言っていた。
彼女は病気が珍しいタイプだったため。従来の移植かこの移植か、この選択を移植前2週間くらいの時に迫られていた。そう、どっちがいいかは自分で決めていいということだった。
前処置の弱ってる身体に抗がん剤二日間追加するというのは、かなりきつく、身体へのダメージはもちろん、いろんなリスクも高い。
でも彼女はきつい方を選んだ。
自分がこの治療で成功し、自分と同じ病気になった人たちを安心させたいから…そう言っていた。
過酷な移植をお互い励まし合い乗り越えた。
俺の方が先に移植したが、あまり経過が良くなく、
先に彼女が元気に退院していった。
それから一月後に俺が退院した。
そして、退院後、移植の副作用が彼女を襲った…
見るからに衰弱していく姿が、副作用の強さを物語っていた。
骨髄移植をするとドナーさんの血液が自分の身体を攻撃するという副作用が起こる。
移植片対宿主病いしょくへんたいしゅくしゅびょう(GVHD)を発症する。
文字どおり、移植片と宿主(自分の身体)が対決するという病気だ。簡単にいうと拒絶反応だ。
しかし、この拒絶反応が発症してると、本来の白血病の再発を防げる可能性が高くなる。
この拒絶反応にはそういったいい効果も期待できる。
ドナーさんの血液が自分の身体を攻撃しているということは、悪い細胞にも攻撃してくれているという考え方だ。
彼女は本来の病気が酷かったため、この拒絶反応をかなり強めにだしていった。
血液は全身にあるため、この拒絶反応がどこに出るかはわからない。
俺は入院が長かったため、様々な拒絶反応を観てきた。
全身の皮膚が火傷したように、真っ赤になった人
顔の筋肉が動かなくなり、表情が消えた人
記憶障害を起こし、おかしなことをいい始めた人
半身麻痺になった人
あげればきりがないが、ひどい人はかなり酷くなる。
俺は比較的軽く、目と口が乾くといった弱い反応だった。
彼女は退院後、殆ど拒絶反応と戦っていた。口の中のいろんなとこに口内炎
ができ、身体の筋肉が硬化し、関節が曲がりにくくなった、胃にも拒絶反応が起き胃痛の状態が続き、しまいには目を攻撃され、角膜が剥がれかけサングラスを常にしていた、そして、肺に拒絶反応がでて、彼女は常に咳き込んでいた。話すのが辛い時もあった。
これらが出たり、引いたりしていた。
ここまで強く拒絶反応をださなきゃ本来の白血病が抑えることができなかったのだ。
けど、彼女はみんなの前でいつも笑っていた。
彼女がいると周りが明るり、元気になる、そんな存在だった。
退院後、彼女の調子がいい日はあちこっち出かけた。
いろんなとこ遊びに行った。
病院のベッドで寝ていた分を取り戻すかのように、出かけた。
たくさん出かけた。
たくさん遊んだ。
たくさん話した。
たくさん笑った。
病気になったおかげで、一生の親友ができた。
俺はそれが嬉しかった。
でも、彼女は宣告されてしまった…
「再発」と
あんなに過酷な拒絶反応と戦っていた彼女に、再発という宣告はあまりにも酷だ。
でも彼女は病院から俺に電話で大丈夫きっと治し、奇跡を起こすと言って笑っていた。
再発=死
俺たちはこれを知っている。
遠回しに死刑宣告されたようなもんだ。
そんな中でも前向きにやろうとしている彼女は改めて強いと思った。
そして亡くなる一日前、彼女に面会しに行った。
そこには変わり果てた彼女がいた。
意識は混濁し、言葉は支離滅裂で、まともに話せる身体ではなかった。そして何よりあまりにも痩せた姿に胸が痛くなった。
彼女の旦那さんと弟は辛い顔も見せず、彼女の看病をしていた。
俺はかける言葉が出てこなかった。
しかし意識が混濁しながらも、彼女は諦めていなかった。
言葉は支離滅裂でも諦めていないことはわかった。
ありがとう。
俺は涙をこらえて彼女に言った。
これが最後となった…
彼女は苦しまずに息をひきとった…
27歳という若さで旅立って行った。
たくさんの人たちが彼女を見送りにきた。
たくさんの人たちが涙を流していた。
でも彼女だけは笑っていた…
冷たくなっても、笑っていた…
あの葬儀所で唯一笑っていた…
最後まで笑っていた…
「私は殺されることはあっても、負けることはない」と、ヘミングウェイは言った。
彼女も病気により死んでも、病気に負けることはなかった。
彼女を側で観てきた一人として、俺はそう思ってる。
最後に彼女が気づかせてくれたことに、自分の人生の最後の時まで忠実であろうと思う。
ありがとう。
どうか苦しみから解き放たれ、安らかな眠りを…

