つれづれなるままに民間陰陽師

つれづれなるままに民間陰陽師

           めったに陰陽師として、働かない民間陰陽師の
           なんとなく思ったことをだらだら書くblogです。

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結構間隔が空いてしまいましたが、ひさびさのブログです。(T-T)
似てはいるけども、根本が違ったり、似ているだけでまったくの別ものであったりというのは、よくあるものですが、ちょっと知ったそんな感じな話。

とある地獄の鬼をテーマにしたコミックの本で、書いてあったそうなんですが、細かい説明をしている部分で、ウカノミタマ=ダキニ天と書いてあって、読んだ人があれっと思ったそうです。
ま、たしかに稲荷系ということでは同じではあるんですが、本質は違う。(´・ω・`)

どのくらい違うかと言えば、それこそラーメンとソバの違いくらいに違うわけで、まずダキニ天というのは仏教系であってさらに、大黒天に調伏され改心することでなった神様。
ウカノミタマはというと、神道系であってスサノオの子供だったり、イザナギとイザナミの子供だったりしますが、元々穀物の神様。
さらに、共通点の狐にしてもダキニ天は野干(ジャッカル、日本では狐)を乗り物にしていて、
ウカノミタマは狐を使いや眷属として扱っている。
この時点で似ているだけでまったく別物であるんですがね、神社的な部分はというと少し変わってきます。
稲荷神社といってもまちまちではあるんですが、今現在では基本的にはウカノミタマ。
一部神社もしくは、お寺の中で奉っている稲荷はダキニ天という感じであって、場所によっては一緒に奉っていたりします。
どちらかを判断するには大抵の場合、旗に書いてあるのでそれで判断って感じではあるんですがね。( ゚Д゚)

お参りの時は、間違って違う神様なのにその神様ってお願いしても、間違い電話した上に関係ない配達を頼むようなことなので、きちんと確認したうえでするのを強くお勧めします。(。・ω・。)
古くからあるものには、魂が宿ると言う話はよくありますが、物であれば何でも宿るのか?(。・ω・。)

有名なのは人形に魂が宿って動くなんて話は、たくさんありますし、百鬼夜行なんかは放置された古道具が化けて町を練り歩くって話ですし、ちょっと変わったところですと、絵画が動くなんてのもあったりしますし、まったく宿らない物ってのは、どうやら無いようです。
まじない的に考えるなら、これは動いたりするって、たくさんの人が期待して見ていると、強く宿らせることが出来るので、過去にテレビであったという話の、中継で写していた、生首の掛け軸がまばたきしたという話が、メジャーでわかりやすい例とでも言ったところでしょうか?(ノД`)

まあ、今の季節あちこちで肝だめなどで、謂われのある所や物に触れる機会は多いでしょうが、ちょっと嫌な感じがするときは、たとえ臆病と言われても、少し離れて見たほうが変に宿ってしまった物に当てられず、良いと思いますけどね。(+_+)
少々多忙だったため、なかなか書けずにいましたが、ひさびさのブログです。m(_ _)m
疲れが溜まったり、考えなきゃいけないことがあったりすると、なかなか意識の切り替えがうまくいかなかったり、なかなか寝付けないなんてことがあったりしますが、そんなときに少しやると良いのが坐禅とか瞑想。

まあ、そうは言ってもお寺でやらなきゃいけないとか、そんな大層なことではなく、ただそこに座って呼吸を深い呼吸にして、薄目の状態で視線をへんに定めず、ぼーとする。
最初はいろいろ考えてしまうんで、呼吸を整えることに集中していると、だんだんいろいろ考えてしまうのが、落ち着いてきて上手く坐禅や瞑想が出来るようになります。

なかなか、きちんと組めない人なんかは、ベッドに寝っ転がりながらでも、スタイルにこだわらす出来るので、どっか落ち着かない方は試してみるとよいかもしれませんね。