本日21日~22日にかけて、デビュー10周年記念として、カツンのデビューからの歴史をアップしていきます。
※個人のソロ活動は省いてます。全公開しますが、コメントははずしていますので、アメンバー様はコメントはこちらとある記事の方へお願いします。(なるべく皆様、お願いいたします)
2006年3月
KAT-TUN デビュー
デビューシングル Real Face 売上げ104.6万枚
デビューコンサート Real Face
ドコモメインキャラクターが仁亀のみからKAT-TUNへ決定
2006年7月 SIGNAL発売 売上げ57万枚
2006年8月 24時間テレビメインパーソナリティー決定
2006年10月 仁、留学 活動休止
2006年12月 シングル 僕らの街で 発売 売上げ55.8万枚
その1でした。
念願の念願のデビューが決まったときはまったく眠れなくて興奮してしまって、その翌朝、ソッコーでスポ紙を買いまくって、ワイドショーベタ撮りして。
ツアー申込みして(まだこのときファンクラブできてなくて、ジュニア情報局だったよね)、
一体どんだけあるんだ?っていうくらいのCD、アルバム(このときにすでにベストアルバムとして発売だった)、DVDを予約して、
雑誌という雑誌を買いまくり、テレビというテレビに出まくったので録画しまくって。
今でもあれだけ忙しかったヲタ活動はあとにもさきにもこのデビュー時期以上のはなかったですね。
同時に仁のドラマのアネゴもようやくDVD発売になって、デビュー時期と重なって、もうどれだけ諭吉様が飛んでいったか・・・・という経験をしました★
リアルコンはすごい規模のツアーとなり、横アリなんかゴールデンウィーク5日間すべてで、1日2公演、横アリだけで10公演もあり、東京ドームもあり、地方アリーナのツアーもありの、ジャニーズデビューでは一番大きな規模となりました。(これ以降もカツン以上のはないです)
横アリのときは近くのファーストフードにカツンライブのための大混雑で規制時間がわざわざ設けられた体験もありました。それだけすごいカツン現象でしたね。
スケート選手の浅田真央ちゃんが仁ファンだったので横アリに招待されて仁が「真央ちゃーん!」ってMCで呼び掛けていたのも懐かしい記憶です。
CD予約もあまりの予約数にタワレコではひとり1種類までという規制もあったり。
ミリオン突破したことは今でも誇らしいですし、この年、年間シングル売上げ1位をカツンが受賞したのも嬉しかった思い出。
リアルコンで私、初めての生でのカツンライブでした。(初生のカツン体験はそれより前にあったドリボです)いきなり神席だったの。シースルーのムービングステが止まるセンターステで、仁ソロのピンキーも亀ソロの16秒もムービングステ最前でしたので憤死した記憶があります・・・。
ドコモのメインキャラクターも2005年は仁と和也だというデビューしてないタレントをメインとして扱うことは異例中の異例だったようですね。それだけでもすごかったのに、デビューしてカツン全員となり街中や電車の中もすべてカツンポスターだらけという夢のような日々でした。
空を見上げたらカツンが絶対いるという。どれだけ写真撮ったことか。巨大パネルもたくさんあったしね。
ドコモユーザーなので毎月のパンフレットも欠かさずカツンが出てるから取りにいったし、仁亀の使ってる携帯機種がことごとく品切れだったよね。本人たちもヲタ誌で私物携帯として載せてたし。私はずっと仁の機種をそのたびに買い替えしてました(笑)
シグナルはメイキングがあまりにも面白すぎて爆笑したし、
24時間テレビはこれまた初めて24時間ぶっつづけて録画するというちょー大変だった記憶もあり、仲間たちと徹夜状態でテレビ見ながらメールしあった経験も。(なんせ仁は夜中も出ずっぱりだったし)
最後の仁からメンバーへのサプライズの手紙に大号泣したなぁ。
和也から仁への手紙の答えの発言に仁が涙を浮かべていたのも。
忘れもしない、仁の留学。
すべてが真っ白になり、すべての思考がストップしたあのとき。
どこに留学かも、いつ帰って来るのかもなく。(事情が事情だったから)
泣いて泣いて泣き明かして、和也とカツンと共に仁が帰ってくるグループを守って待っていた時期です。
この時期は和也のドラマ「ひと恋」にすべて集中して癒してもらってました。
和也の痩せていく様子、肌荒れもハンパなく、あの衝撃の「LOVE J」もこのときでしたね。
のちにすべての事情がとあるところを通じて知ったときは、私が思っている以上の出来事が仁と和也に降りかかっていたと知り、今でもこの事情は思い返すと涙なしではいられないほどの出来事です。
その2へ続きます★