苺状血管腫 覚書末っ子のやんちゃっぷりに、blogをすっかり忘れていました(^^; 手術時の写真を覚書程度に。。 娘もまもなく小学校です(^o^)はやいなー 手術2日前 手術直後 手術3日後 手術4日後 退院時 手術15日後 現在(3年後)
またサボってごめんなさい(;´д`)チビ姫はあのあと無事、退院いたしましたw休んでいた分の仕事となんやかんやで忙しくて(T△T)その間に、またニュースが。。。なんと…3人目を授かりました(@_@)まだ7週位で心拍確認もできてないので、なんとも言えないのですが。。(まだ夫と私しか知りません)今年で35歳になるので、、高齢出産です。一人目、二人目の妊娠出産も大変でしたが、、、今回は比べ物にならない位、疲れる!!前2回も食べつわりでしたが、そこまで悪阻はキツくなかったのに、今回はずっと気持ち悪い。特に寝る前がオエエエって感じ。。やっぱり体力が落ちてるんですねorz…学童のお弁当作らなきゃだし、夕飯作らなきゃだし、、、休みの日に3食ご飯作るのがしんどい。。もう、、汚くて死ぬことはないから、今日は怠ける事にします(;´д`)夫にゃ解ってもらえないので、ここで愚痴らせてください(笑)。
入院5日めーめちゃくちゃ元気な娘っちです。熱もなく、ご飯は全て食べ、、、なのにサチュレーションが上がらない!!!酸素をつけていても、寝ていると93位になってしまうので、まだまだ退院できないようです。。2-3日の入院のはずが、、、おかしいな(;´д`)今日までは欠勤しまくって丸1日ついていてあげられたけど、そろそろ仕事が限界なので、明日は午後からの付き添いになってしまいます。元気だから、精神的なダメージが大きい…。可哀想だけど、ワガママを聞いてもらっている会社にこれ以上迷惑をかけられないし、、、収入の心配もあるし、、、背に腹は変えられず。。酸素さえ外れてくれれば、家にネブライザーもパルオキシメーターもあるから、退院できるのに。。今日は良くなりますように☆
5度目の熱性けいれんおととい、保育園にお迎えにいくと、娘っちの体がずいぶん熱かったので、その場で先生に測ってもらった。結果 38・0度。見た目かなり元気なので、先生は驚いていたが、、これまでいろいろな病気に付き合ってきた母としては、「あー、やっぱりね」な感じ(苦笑)私の手がかなり高感度な体温計化してきたwご飯も食べれるし、水ものめるし、元気だったけど翌朝も38・0度強。仕事休んでいい時期じゃないけど、仕方なーく休み、、昼まで娘っちと爆睡w昼には36・8度。息子の学級懇談会があるため、この熱なら、、と娘っち連れて参加。小学校が嬉しいのか超元気で走り回る(笑)。息子の担任(若い男性)にも愛想を振り撒きまくりwこのまま復活するかー?と思ったが、夕方から段々上がりはじめ、寝る頃にはまた38度前後。今朝6時、、あまりに熱いので、熱を測ってみると39・8度。うぉっい(;´д`)ダルそうにしているものの、水は飲めるし、ニコニコお話してる。その後も、熱が下がる気配なし。たまたまパパがお休みだったので、9時になってから、町医者にいこうと準備をはじめる。。出かける準備をしているパパとじゃれあってる、、、、が、どうも様子がおかしい(-_-;)呼び掛けにはしっかり答えるし、目線を向けるもののすぐに目線が右上へ流れていく。抱き上げて、顔を見て確信。「やばい、痙攣おこしてる!パパ、新しいアイスノン出して!家ノ前に車回して!」熱性痙攣5回目なので、ある程度は落ち着いて対応できるが、意識がなくなる症状なので、やっぱり緊張する。パパが車を回す間に、硬直性の痙攣が始まり、私の服をグーっと握ったまま視線が合わなくなる。呼び掛けにも反応しない。硬直痙攣が約10分続いた後、意識がはっきりしないままうわ言を言いはじめた。いつもなら、痙攣の後は眠ってしまうが、今日はちょっと様子が違っていたので、近所の国立病院へ行くことを決める(息子のかかりつけ)。意識がはっきりしない時間が5分くらい続いて、やっと眠りにつく。眠ったのを確認して、出かけようと外に出し、車に乗せた瞬間、嘔吐。車のシートが汚れて、パパの顔が曇るのがわかったが、無視して一度家の中に戻り着替え。再度家を玄関を出たところで、またしても嘔吐(;´д`)仕方ないので、車の中をタオルだらけにして、横にして、着替えをもって病院へ。。受付の札を取るものの、いち早くベッドに横にしてあげたかったので、コンシェルジュへお願いして、優先的に小児科処置室へ。この時点ではまだ顔面蒼白で、80%くらいの意識回復だったので、顔見知りの小児科の受付さんが、すごく驚いていたな(^^;サチュレーションも低かったため、急患扱いをしていただき、他の患者さんには本当に申し訳ない。。病院についてからは、比較的意識もはっきりしているので、脳波の検査はせず。熱性痙攣は問題ないけど、喘息症状がでているので、即入院!!えーーっ、そっちかよっ!って感じでした。息子の喘息発作と比べると全然苦しそうじゃない娘。でも、サチュレーションは89。。うわぁ、、そりゃ入院だ。夕方には、元気を取り戻した娘っちですが、、相変わらずサチュレーション上がらず。。ということで、、しばらく入院です。仕事が一番忙しい時期ですが…仕方ない😞💨早く良くなってね。
苺状血管腫に悩むママさんへ私の周りの環境は恵まれていたと、私も思います。息子のかかりつけ医~小児専門形成外科の主治医との出会い、そして環境。それでも、手術が終わるまでの3年間は、戦いでした。落ち込む日もあったし、泣きたい日もあった。鼻の頭のという、人間の中で一番目だつ場所に血管腫があった娘は、外に出れば好奇な目でみられることも少なくなかった。ベビーカーを覗き込んで、「あ、、、ごめんなさいね」と絶句されることもあった。時には、私の虐待を疑う人もいた。物心ついてからは、とても人懐こくて、誰にでも挨拶をしてしまう娘は、振り向いた人の表情の変化をたくさん見てきました。同居の祖母にすら「可哀想に」といわれ、遠回しに「腫瘍ありで産んでしまった」と咎められたこともあった。家族に、、何故、治らないのかと叱られたこともあった。一生懸命さが足りないと言われたこともあった。すごく苦しかったです。でも、それを救ってくれるのは、いつも息子と娘の笑顔でした。妹の鼻が「一番可愛いから、治らなくても大好きだよ」なんて言ってくれた息子。真っ赤に腫れた鼻なんて気にしないで、誰にも負けない笑顔を振りまく娘。私も夫も、、腫瘍があろうが無かろうが、他人がどう言おうが、子供達が可愛くて、人に見せびらかせたいくらい可愛くて。それでいいじゃん、、ってある日思いました。血管腫があったって可愛いんです(笑)そう開き直ったら、すごく楽になった。血管腫ある顔に絶句する人には、逃げずに笑顔で血管腫の説明をした。どうしたの?って聞いてくれる娘の友達には、解るように説明をした。良くなったら美人さんね、といってくれる人には、心からお礼を言えるようになった。家族の批判も流せるようになったw「ママはあなたの丸いお鼻がだーいすき。でも、ママが必ずお兄ちゃんと一緒のお鼻にしてあげるからね。一緒に頑張ろうね」そうやって、1歩ずつゆっくり進んできました。どうぞ、自分を責めないで。どうぞ悲しまないでくださいね。子供たちは、世間の目より、誰よりもママとパパの目を気にしています。悲しい顔をしないで、この病気も個性としていっぱい愛してあげてください。まだ娘の鼻には手術の縫合痕と、血管腫の残りがあります。今でも「お鼻どうしちゃったの?!」と知らない人に言われることもあります。でも、「血管腫の手術したんです。頑張ったんだよね」って、きちんと伝えて、頑張ってきた娘を誉めることで、他人からの言葉も前向きにとれるようになりました。「あの鼻も可愛かったのにね」なんてパパと話したり(笑)今では、懐かしく思うほど。大丈夫。あなたのせいではない。誰にも謝る必要はないんです。赤ちゃんの時間はあっという間に過ぎていくから、いっぱい抱き締めて愛してるって伝えてあげてくださいね。一緒に頑張っていきましょう。