オーディオ

CDからMDにダビングしました。

タイトルの入れ方が分かりません。


2011年

デジタルから

アナログへ


これ以上の

機械の進歩を望んでいません。


先週の金曜日、午前中。

買い物先でトイレへ・・・・。


「ううう・・・。もれそーやー・・・・。トイレット♪トイレット♪」

と1人、心の中で叫び歌う。

いそいそジーパン下ろしてぇ。

いそいそオパンチィ下ろしてぇ。


ぽっとん・・・・・・・


「んん??何の音やぁ??」


うぎゃ~~!!

ケータイが便器にイン!!


ナイスインで~す♪(笑)


おまけにケータイからプクプクと泡

(*´Д`)=з


大至急、ケータイ救出!!

迷わず手を便器に!!

救出大成功!!


その後、解体作業

ビチョビチョケータイ

到る所までフキフキ。

何事もなかった様に

冷静にフキフキ。

用をたすのも忘れフキフキ。


しばらく電源が入らず

流石に焦りましたが・・・・・。

半日したら電源が入って一安心☆

ギリギリ通話は出来ますよ。

私の声が聞こえにくいみたいです。

データも全く消えずにセーフ。

カメラ機能も1日で復活しました。

残念ながら・・・・・・・

メールができません。


メールの返事、返せずにごめんなさい。


ボチボチ

ソフトバンクに行ってきます。

良く分かんないけど

保障してくれるサービスに

加入してて良かった。

最近ねウチのかーちゃんの

体調が良くナイのです。

足(ヒザ)が痛いみたいで

ココんとこ2週間

仕事休んでる。


だから暇さえあればウチに

遊びに来てくれるんだけど。


今月イッパイ仕事休むんだって。

もう足(ヒザ)が痛いのは

治らないんだって。

医者が言ってたらしー。


正座も出来ナイし

仕事を変えなきゃいけないって。


そんなこんなで

精神的に落ち込んでるし・・・。

何かしてあげられないかなぁ・・・。


だから今週の

ヨガが終わった金曜日から


実家に帰らせて頂きます!!

私の実の兄に心を解いて貰えて


だいぶ旦那に本音が話せる様になった。


ある時、私は聞いてみた。


「お父さんに怒られたことアル?」


旦那は


「ナイ。小学校以来、怒られた記憶がナイ」


「じゃあ、説教も?」


と聞くまでもナクある訳ナイ。


またも私は


「じゃあ、兄弟喧嘩は?」


旦那は即答で


「ナイ。小学校の時はよく喧嘩したけど中学校以来はナイ」


小学校の思春期を経て


中学・高校の少し大人になる段階で


兄弟喧嘩も親子喧嘩もなし。


不思議な家族に思えて仕方がありませんでした。


私は女だからか母ともよく喧嘩はしました。


ある中学生の時、母が私に大きく振りかぶりました。


私は振り払うつもりで自分を守るつもりで


腕を顔でおおったつもりが


たまたま母に当たってしまいました。


母はソノ場にうずくまりました。


それから私は母に叩かれそうになっても


自分をガードしなくなりました。


母に叩かれっぱなしでした。


お互い言いたい事を言い合って


何日も口を利かなかったりして


それでも親子だから話し合って仲直りしてました。


昭和の時代の親子って


叩く教育(暴力)が当たり前だったのでしょうか?


今は


「体罰」や「虐待」


だと言って、親も教師も暴力を振るわない様ですが。


私もモチロン


「体罰」や「虐待」


は反対です。


「教育」として叱る事は必要だと思います。


叩く・叩かないは別として。


愛情があって叱られる事と


愛情がなくて叱られる事は


全く違います。


子供でも理解できます。


少なくとも私は理解できました。


母の単なる自分勝手な


「八つ当たり」


的な感情の叱り方と


「愛を持って叱る」


私に思いがある事との違い。


昔は叩かれて単に腹が立っていましたが


今になって分かります。


「アノ時は母はあーだったんだ」


「アノ時は母はこーだったんだ」


と母の気持ちが良く分かります。


それでも私は今は以前よりも母が大好きです。


それぐらい子供には伝わっているものなんですね。


私の兄達も次男・中学生と長男・高校生で


殴り合いの喧嘩をしているのをいつも見て来ました。


家族って、人間ってそういう過程を経て


相手の痛みを知り、相手の気持ちを知り


相手を思いやる気持ちが芽生えるのではナイでしょうか?


そして以前よりも絆が深まるのではナイのでしょうか?


たとえ殴り合いではナク


口喧嘩や話し合いでも一緒です。


だから旦那の家族が不思議でたまりませんでした。


いつしか不思議を通り越して


気持ち悪いと思うようになっていました。


男兄弟のだけの家族ってどうなんですか?


娘がいない家族ってどうなんですか?


兄弟喧嘩はしないんですか?


話し合いもしないんですか?


不思議でたまりません。

結婚して1年程経ちました。


ある時、私の兄(長男)から電話がありました。


「元気か?どーや?」


とたったそれだけです。


私は今まで我慢していた事が我慢できなくなり


涙が溢れてまともに喋る事すら出来ませんでした。


兄に優しく


「どーしたんや?言いたい事言ってみ?」


と問いかけられてやっと


「どうして良いか分からへん・・・・・」


兄はビックリして


「どーしたんや?上手く行ってたんちゃうんか?!」


と激しく動揺。


私が今まで我慢してきた数々の事


「結婚式の準備の事」


「ハワイでの出来事」


「旦那の実家での出来事」


「母に「我慢しろ」と言われた事」


「葬式での出来事」


それを聞くと兄は少し困惑。


今まで仲良くやっていると思っていた妹夫婦が


いつの間に??


いつからこんな事に??


電話を旦那に代わり


「男は女を守らなアカンねん」


「誰を敵に回しても旦那だけは嫁の味方でおってやらなアカンねん」


「るーちるは口には出さずに我慢するから察してやらなアカンで」


とコンコンと説教。


旦那は正座しながら


「はい、スミマセン。はい、スミマセン。はい、スミマセン。」


の繰り返し。


私の大泣きも治まり旦那との話し合い。


ソコから私達夫婦の長い長い話し合いの日々が始まる。


結婚した年が2004年夏。


2005年の夏に兄に解きほぐされて


やっと本音で旦那と向き合える様になり


そして今、2008年春に到ります。


まだまだ今も成長中の私達夫婦ですが


アノ時からが本当の意味での


夫婦だったのでしょうか?


アノ時までの1年間は何だったのでしょうか?


夫婦ごっこだったんでしょうか?


でも、無意味ではなかったと思います。


今では


「無意味な事など1ツもなかった」


と2人で協力して互いに成長中です。

私のストレスストレスの毎日は変わらず。


旦那が毎日昼休憩に帰ってくる14時までに


完璧に昼ゴハンの準備。


旦那が夜、仕事終わって帰ってくる21時までに


完璧に晩ゴハンの準備。


もし作ってナイ、準備が遅いと


口には出さずに機嫌が悪いのがあからさま。


義父さん譲りの無言の圧力です。


何となく結婚生活に疑問を感じ始めるも


旦那に愚痴ヒトツ言わず我慢の結婚生活。


私の母に


「あんたの努力が足らんのや。」


「文句言わずに嫁に入った家に従いなさい。」


それは分かってはいますが


我慢にも限界があるよ・・・・・・。


母も嫁入りした立場なので


私の立場は重々承知のはず。


ついに私は自分の母にすら突き放された。


唯一の味方は兄2人だけ。


でも実の兄だから、そうそう愚痴も言えず。


友達にも


「るーちるの旦那さんは優しい」


と外面の良い旦那は褒められ


私の愚痴も言えず。


確かに優しいんです。


ホントに優しいんです。


だから好きになったんです。


私が持っていない優しさと


心の大きさがあって。


だから結婚したんです。


優しい彼だったから結婚したんです。


でも旦那は、私にも


自分の両親にも優しいがゆえに


私はドコにいても1人ボッチでした。


ココから私が壊れていく。


ガラガラと音を立てて何かが壊れて行くのでした。

無事に何もかもが終了。


帰りの車の中で


旦那が一言


「るーちるが親戚の人たちと仲良くなれて良かったわぁ。」


私は


「えええっっ??それだけ????」


と聞くと旦那は


「後、何があるの??」



はぁ~~~~~~っっっっ??


です。


家に帰ってきてから


さすがに私も反論しました。


「あんたなぁ~、私がどんな思いで3日間過ごした思ってんの??」


「そんなクダラン言葉が1番最初に出てくるなんて信じられへん!」


私は旦那に静かに話し始めます。


「あんたも義婆さんが亡くなって悲しいかもしれんと思って我慢してたけど。」


「『お疲れ様』とか『ありがとう』とか他にかける言葉がないの?!」


「知ってる??私に優しい言葉かけてくれたの誰か。」


「イトコの○○さんの奥さんだけやでぇ。」


「あんたちゃうでぇ。イトコの奥さんやでぇ。」


「旦那のあんたが言わんで誰が言うの??」


「義父さんや義母さんも当たり前の様にコキ使うし。」


「義父さんも義母さんも『ありがとう・お疲れ様』の一言もないし。」


「あんたら家族は何様??人にお礼も言われへんの??」


と言葉が止まらず話してしまいました。


私が話している間も旦那はダンマリ。


お得意のダンマリです。


自分の思っている事を全く口に出さない。


いつも、ただ


「ごめん。コレから気を付ける。」


としか言いません。





夜中まで2人で話し合って


仲直りしました。


私達、夫婦のルールとして


「喧嘩したら当日中に仲直り」


というルールがあります。


翌日も喧嘩したままで


朝から口を聞かないのは


お互いに気分が悪いですからね。






まー、何もかも無事に済んで??


良かったです。


と・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


思っていたのは旦那だけだったかもしれません。

それからも前日同様


お客様は引っ切り無しです。


そして、その間も親戚付合い。


昼間、台所で皆で話していると


旦那のお兄さん・次男夫婦の悪口が始まりました。


気分が悪いです。


そしていつの間にか次男の嫁の悪口に。


ますます気分が悪いです。


私はずっと無言でしたが・・・・・・・。


( 私がいない時は私の悪口なんだろぉ~なぁ~。 )


と耐え切れず気分が悪くなってきて


ソノ場から去りました。


どーゆー神経で話しているのか分かりません。


でも昨日と今日の午前中


旦那がいなかった為


お茶出し、洗い物、料理をしながら


なんとか親戚の方達とも個人的に


仲良くはお話し出来る様になりました。


さすがに悪口は嫌ですけどね。


私はモチロン誰の悪口も言いませんでしたし


私には誰も悪口を言ってきませんでした。







お通夜も無事に終わり皆(親戚の方々)は


お寺にお泊りです。


私はお風呂にも入りたかったし


旦那も


「ちょっとだけなら帰っても良いよ」


と言ってくれたので


3時間だけ1人で家に帰りました。


葬儀の前、朝早くに旦那の実家に顔を出すと


「るーちるはお寺に泊まってないんだね・・・・。皆、泊まったのにね。」


と義母さんの妹さんにイヤミを言われた・・・・・・。


( だから何ですか??!! )


「はい・・・・・・・。スミマセン・・・・・・・。」


旦那はモチロン何にも言わずに私の横に立ってるだけ。


イヤミを言われている事に気付いていない。


( またかよ!!何やねん!! )


なんて言える訳もナク葬儀が始まった。







葬儀にはモチロン旦那のイトコもたくさん。


旦那の男のイトコのお嫁さんだけが唯一


私の横に来てコソコソと


「1人で大変だったでしょ?大丈夫?疲れてない?」


と優しい言葉をかけてくれました。


思わず泣いてしまいました。


旦那にも誰にも気を使って貰えなくて


1人で淋しく悲しく辛い思いをしていたので・・・・・・・。


ヤッパリ嫁の気持ちは嫁にしか分かりませんね。


義兄さん(次男)の嫁(義姉さん)は違いますが。


私も出来ればアレぐらい図々しくなりたいものです。








葬儀場から帰って来てからも


晩ゴハンの支度や色んな後片付け


ま~~~~~~~~~~~~~


色々とありましたが


無事に????????


不眠・不休の3日間地獄の日々が過ぎました。


でも私は義婆さんのお陰で


今まで話す事が出来なかった


親戚の方達とお話しが出来る様になったと


義婆さんにはとても感謝しています。


ありがとうございました。


人を悪くばかり言っても仕方がナイので


少し考え方を変えて思う様にしました。


( ↑自分でそう思い込んでいるだけですが・・・・・ )


今でもお墓参りは欠かしていません。


男はウトクてお墓参りをよく忘れますが


私から率先してお墓参りに行きます。


無理にでも旦那を連れて行きます。


モチロン1人でも行きます。


義婆さんが大好きです。

泣きそうになったのもつかの間。


「るーちる、お茶持ってきてぇ」


「るーちる、酒持ってきてぇ」


旦那と会話する間も無く


またお手伝いさん。


夜も更けて11時を回り


お客様もひと段落ついて


やっと休憩・・・・・・・・・。


シンド・・・・・・・・・・・・。


言葉が出ません。


それからも片付けやら何やらで


家に帰ったのは夜中の3時。


旦那に


「シンドかったわぁ・・・・・・。」


と、言うと


「そーやろーなぁー・・・・・・・・。」


それだけ。


( 旦那は婆ちゃんっ子だったからショックに違いない!! )


( 私が愚痴を言うのも場違いだ!! )


私も疲れていたのもあり


も~愚痴る気も失せて寝る。


とにかく明日も早いから寝る。





朝、8時から旦那の実家へ。


旦那は仕事が午前中だけ休めず私だけ。


またお手伝い地獄の1日。


でも!!


今日は特別。


旦那の兄・次男のお嫁さんもいる。


が・・・・・・・・・・・・・・。


頼れる人ではナク、ましてや邪魔な人。


邪魔されながら用事をこなす。


義姉さんが自分の1歳の息子に向かって


「この人(るーちる)はねー、この家のドンだから気を付けなさいよぉ~。」


っと・・・・・・・・・・。


私も引きつりながら


「そーやでぇー。逆らうと怖いでぇぇぇ!!」


と冗談まじりに・・・・、半分本気。


( この女いつかシバク・・・・・・・ )


親戚中もシーーーーーーーーーーーーン。


あははははっっっ。


私と義母さんだけが愛想笑い。


邪魔なのは義姉さん(次男の嫁)だけではなく義兄さん(長男)も


義兄さん(長男)が義婆さん名義の預金通帳を私に見せて


「すげー金あるなーーーーー。2人で山分けするか??るーちる!!」


冗談にも程があります。


そして話しかける相手が私とは


痛い間違いですよ、義兄さん(長男)・・・・・・・。


確かに何百万程の預金は凄いですが・・・・・。


私は苦笑いで・・・・・・・・・。


無言です・・・・・・・。


モチロン親戚中も無言・・・・・・・・。


( この空気どーしてくれんねん!! )

電話を切って10分後


旦那の実家に着き


慌てて義兄さんに


「どうしたんですかっっ??」


と、聞くと


「いや~・・・・・・・、まだ死んでるかどーか分かんない・・・・・・・・。」


えっっっ・・・・・・・・・・??ってゆーか


明らかに義婆さんのお顔に白い布がありますが。


思わず


「えっ???」


と声が出てしまいました。


こーゆー時、男は頼りになりません。


義母さんに


「どーしたんですか??・・・・・・突然。」


と、聞くと義母さんは


「朝起きたらね・・・・・もう目を覚まさなくてね・・・・・・・・。」


「でも・・・・・・・・・・苦しまずに逝けたみたいよ・・・・・・・。」


と・・・・・・。


「そーでしたか・・・・・・・。」


と、会話をしたものの


義母さんの実のお母様ですから


気の効いたお悔みの言葉も思い浮かばず


何て言葉をかけて良いか・・・・・・。


私は義母さんに


「何でも言って下さい。何でもやりますから。」


とただそれだけしか言えず。


そして今も旦那とは電話が繋がらない。






昼が過ぎて、それからが大変。


なんせ本家の旦那の実家。


凄い人数の弔問客です。


引っ切り無しにお客様が入れ代わり立ち代わり。


当日は「友引」と言う事もあり


「お通夜」は翌日。


「葬儀」は翌々日。


それでもお客様が近所中集まって


旦那の実家の30畳以上ある大広間が


人でイッパイです。


その合間にも1時間おきに義母さんや義父さんは


「るーちる、息子(旦那)はまだか!!??」


( コッチだって早く帰ってきてほしのにぃ!! )


ってか旦那の行方よりも私には


今の忙しさと気遣いで手一杯です。


連絡が取れないから仕方ナイし


イライラしながら


「留守番電話にはさっきから何度も入れてるんですが・・・・・。」


( ってか私が1番旦那に来て欲しいわぁぁぁぁぁ!! )


夕方5時頃やっと旦那と電話が繋がって


「義婆さんが亡くなったから早く帰ってきて!!!!!留守電聞いた??!!」


と話したのもも


「後2時間かかる・・・・・」


と言われました。


朝から立ちっぱなしで座る暇もナク


お茶出しと洗い物の繰り返し。


食事を取る暇もなくクタクタ。


朝の9時から同じ事を繰り返して10時間・・・・・


やっと7時に旦那到着。


旦那は私に向かって一言


「ありがとうなっ。」


泣きそうでした。